英雄へと至る路

元ネタ:Fate/stay night 設定:凛TE

英雄へと至る路

 其処は何処までも虚ろだった。
 生きとし生けるものは何もない、無機質な世界。
 足元を埋め尽くすは赤茶けた不毛の大地、頭上に広がるは蒼穹を塗りつぶす曇天。
 そして、限り無く連なる刃金の墓標。
 全ての生きとし生けるものから否定された、命無き最果ての世界。
 正に、荒野という言葉を当て嵌めるべき終末の光景である。


 だが、男はその場所を目指していた。
 否、その場所に至ることが約束されていた。
 その男は人を救う事に生き、自らの存在全てを擲って他人をただ只管に救い続けた。
 何の見返りも無く、誰の理解も求めず、ただ人を救う事のみを求め続けた。
 蔑まれた事や嘲られた事もあった、恐れられた事も憎まれた事もあった。
 それでも男は他人を救う為に剣を振るい続けた。


 何故、見返りも無く剣を振るう事が出来たのか。
 何故、誰にも理解されずとも剣を手にとり続けたのか。


 それは彼が自らを一振りの剣として形作っていたから。
 歪でそれでいてどこまでも純粋な理想を自らの理念として抱いていたからだった。



 I am the born of my sword.(体は剣でできている)
 剣で出来ているから、少しぐらい辛くてもやっていける。


 Steelismybody,and fireismyblood.(血潮は鉄で 心は硝子)
 中身が砕けそうな心(硝子)でも、熱い血潮(鉄)が支えてくれる。


 I have created over athousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)
 戦場を駆け抜けるただ一振りの剣でも、きっと大丈夫。


 Unaware of loss.(ただ一度の敗走もなく)
 負けることなど有り得ない。何故ならこの身は敵を打ち倒す剣なのだから。


 Nor aware of gain.(ただ一度の勝利もなし)
 勝つことなど求めはしない。何故ならこの身は人を救う「正義の味方」なのだから。


 Withstood pain to create weapons.(担い手はここに独り)
 その為ならばたとえいかなる苦痛に塗れようとも、構いはしない。


 waiting for one's arrival.(剣の丘で鉄を鍛つ)
 その先に待つものがたとえ何も無いとしても、構いはしない。


 I have no regrets.This is the only path.(ならば、わが生涯に意味は不要ず)
 元々、対価なんて求めてもいない。ただ、救いたいから救って来た。


 Mywholelifewas "unlimited blade works"(この体は、無限の剣で出来ていた)
 だからこそ、このちっぽけで狭窄な体(世界)は無限の剣を内包できる。



 「結局、ここに辿り着いちまうんだよな」
 それは、判り切っていた結末。かつて垣間見た自らの未来。
 疲れ磨耗し果て自らの理想にすら裏切られた英雄が持っていたただ一つの魔術。
 固有結界"unlimited blade works"(無限の剣製)。
 無限の剣を内包した、衛宮士郎の心象風景。セイギノミカタが至る剣の丘。
 「当たり前だ。衛宮士郎が正義の味方を張り続ける限り、その終着駅はここでしかない」
 赤い騎士が淡々と応える。その顔に浮かぶ表情は半ば呆れているように伺えた。
 「自分の未来を知りながらもそれを打ち倒すだけの気概を持ち、更には最高の相方と番えながらも所詮は私ということなのだろう……我ながら頭が痛くなるほどに愚か過ぎる」
 「何だよ、愚かなのはお互い様だろうが。と言うかお前は俺なわけだし」
 「たわけ、それが判っているからこそ頭が痛くなるというのだ」
 寸分変わらぬ双子の様な背格好をした、それでいて決定的に互いに違う何かを秘めた二人の男が互いに交わす会話。
 片方の表情は苦く皮肉気に、片方の表情は強く真っ直ぐに。だが相貌に鉄の如き固さを刻んでいる事だけは決定的に違う二人の唯一の共通点だろうか。



 だが、
 「だけど、俺はお前とは違う」
 士郎がはっきりと言い放つ。
 「あぁ、お前は私とは違う」
 エミヤもはっきりと応える。
 その瞬間、世界の光景が一変した。
 剣が墓標の如く立ち並ぶ荒野であることには変わりないが、一方は雲が晴れ何処までも澄み切った蒼穹が広がりもう一方は意思無く動き続ける歯車が其処彼処にて蠢き出した。
 それは、理想を机上の空論に過ぎないと理解した上で尚理想を追い求め足掻き続けた男と、理想を守る為に理想を裏切り続けた男の辿った道を端的に表した光景だった。


 「なるほど、お前は理想を貫き通せているというわけか」
 「俺だけの力じゃない……俺だけだったなら今頃お前が二人になってただけだ」
 そう言いながら士郎が視線をやった先にはこの世界には似つかわしくない場所があった。
 赤茶けた大地が広がる中で一際高く盛り上がった丘、その上だけが何故か緑に覆われた草原になっていた。
 そして、その場所に突き刺さる事を許されていたのはたった三振の剣のみ。


 一振りは黄金に飾り立てられた王者にこそ相応しき、選定の剣。
 一振りは強さと美しさを兼ね備えた騎士にこそ与えられる、勝利の剣。
 そして、最後の一振りは剣とは言えぬ、宝石を削り出したような剣。


 「あいつらが居たから、ここまでやってこれたんだ」
 緑の丘を見るような、それでいてここでは無い何処かを見るような目をして言葉を紡ぐ。 これ以上言葉を重ねる必要は無い、何故なら彼らは最も対極に位置する存在でありながらも最も同質の魂を持つ。互いに言うべき言葉は、口に出さずとも互いに己の内から見つけ出せる。
 「それに、俺は一人じゃない」
 「そうだな、お前は一人ではない」
 言葉を交わす二人の視線の先に、一人の影が映る。
 赤と黒を基調に身を飾った、丘に刺さりし剣の担い手。
 その眼は何処までも真っ直ぐにこちらを見つめ、その脚はしっかりとこの荒野を踏みしめる。
 彼女ならば、たとえこの果て無き荒野ですら易々と踏破してしまうのではないかと思わせる。無論、そんな事を言い出されたらそれに付き合わされる不幸な被害者が一人必要になるのだろうが。
 「こんなところにまで彼女を付き合わすとは……やはりお前は正義の味方になどなるべきではなかったのかもな」
 「別に俺がつき合わしたわけじゃないさ、あいつが付いて来てくれたんだ……と言うか、無理矢理に付いて来た」
 だろうな、と二人はそこで始めて相好を崩して笑いあう。


 「さて、そろそろ私はお暇させてもらうとしよう」
 一頻り笑いあった後、エミヤが告げる。
 浮かべるは後生に道を譲る先人の様でもあり、生涯を懸けた難解な問題を解決した老学者の様でもあった。
 「もう、いくのか?」
 「あぁ……お前と私では選んだ道も辿った軌跡も違えども、至った答えが同じだった……それが確認出来ただけでもう十分だ」
 それに、凛に会うと色々と面倒そうだからな、と半ば独り言の用に付け加えると赤い外套を翻して何処へともなく歩き出す。
 振り返ろうともせず、歩みを止める事も無く。
 これからも、ただ独り彼は戦い続けるのだろう。
 彼が向かう丘の中心では、一振りの鞘が柔らかな光を放っていた。


 いつの日かあの背中は語っていた、『付いて来れるか?』と。
 その時はただがむしゃらに、走ることしか出来なかった。
 そして今、彼らは同じ場所に立っている。
 この先、何処まで走り抜けることが出来るのか。
 いつか、あの背中の幻影を振り切れるほどまでに『至る』ことが出来るのか。
 今はまだ、判らない。
 だから、士郎は目を逸らさなかった。
 自分の理想をただの一人で最後まで貫き通した、偉大な最初の『エミヤシロウ』から。



 「……人に挨拶も無しで行っちゃうなんて、根性捻じ曲がってるわね〜アイツは」
 気が付くと、既に荒野は消えうせ見慣れた風景が広がっていた。
 「全く、文句の一つも言ってやろうと思ってたのに」
 「まぁ、アイツだってのんびりしてられないんだろうさ」
 「そりゃそうかも知れな……士郎?」
 穏やかな表情を浮かべてエミヤが消え去った方向を見つめる士郎。
 その顔はいつの日か彼女が見たエミヤの顔であり、今まで彼女が見たことの無い士郎の顔だった。


 『答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから』


 それは新たなる誓い。
 『セイギノミカタ』としてではなく、一人の男として。ずっと側に居る女性(ヒト)への決して違えてはならない宣誓だった。
 永遠とも、一瞬とも思える時間が二人の間を支配する。
 刹那、少女の眦から一筋の涙がこぼれ落ちた。
 「……信じられない。男の子に、また泣かされるなんて」
 「そんなに大層なこと言ったつもりは無いんだけどな」
 照れ隠しなのか頭をかきながらあらぬ彼方を向く士郎、その胸に体を預けながら凛は涙を零しながらも微笑む。
 「頑張ってよね、アイツに負けないぐらい……ううん、アイツを見返せるぐらいに」
 「判ってる。絶対にアイツにだけは負けられない」
 誰かに負けるのはいい、だけど自分にだけは負けられない。
 何故なら自分に負けるということは、心が折れるということ。
 原初の、そしてこの誓いを破ることだから。それだけは絶対に許されない。
 遠坂を胸に抱きながら、士郎は再び地平の彼方へと視線を向ける。


 (アーチャー)
 言葉にはせず、消えていった背中に声をかける。
 (いつの日か必ずお前を超えてみせる)
 果たして届いているのか、それとも届かずとも構わないのか。
 (俺が歩んでいるのは借り物の人生なのかもしれない、だけど)
 胸に感じる柔らかで温かい体を抱きしめる。
 (こいつと一緒ならきっと、借り物であろうとも本物を越えられる。だから……)


 果たしてその先に紡いだ言葉はなんだったのか、当の本人ですら判らない。
 ただ、風だけが赤い外套をはためかせていた。
[終]

後書き

 年頭にて挙げた目標の一つに「二次創作」をするというのがあったので、前からぽつぽつと浮かんでいたアイデアを一つ形にしてみた。
 一応、これが処女作という奴になるのだろうか。まぁ作品と呼ぶまでも無い出来の(今回のものも大した出来では無いが)代物なら遥か昔に書いた覚えもあるのだが。
 とりあえず、綺麗に終わらせられたのだろうか。かなり力技で強引に展開を動かしたような気もするが、まぁそこらは今後の課題にしておこう。
 では、最後にここまで読んでくれた方に感謝と敬意を表してm(_ _)m