誇り高き掃除屋
元ネタ:Fate/stay night 設定:凛TE
誇り高き掃除屋 Chapter05『従僕』
200○年△月×日 曇のち晴 今日、昼間講義の真っ最中に急激な魔力の流出を感じた。 パスを確認してみると、どうやら士郎が私から引っ張っていったみたいなので、 先日相談された使い魔召喚を執り行なったのかな?と思い、帰ったら断り無く魔力 引っ張った"お返し"でもしてもらおうかな〜、とか考えていた。 帰ったら、何か見覚えのあるフケ顔がいた……まぁ、士郎がある意味規格外なの は十分承知していたつもりだったんだけど、まさか守護者を使い魔にするなんて事 態は流石に想定外だった。全く、偶然だと思うけど本当にどうやって召喚したのか 純粋に知りたい。 まぁ、それは後々調べるとして、とりあえずは差し迫った危険人物に尋問する。 一緒にTVゲームに興じるぐらいなんだから害意は無いと思うけど、何せ前科者な のだから油断は禁物である。幾ら私がうっかり者だと言っても、そこまで間が抜け ているとは自分でも考えたくない。 ……結論から言えば自爆したような気もするけど、さしあたってアーチャーに士 郎をどうこうする気が無い事は確認出来たので、良しとする。意趣返しも出来たし。
「ふぅ……」
ため息をつく、疲れが溜まっているのだろうか。先日の一件以来、妙に疲労が蓄積されるような気がする……いや、事実そうなのだろう。
何せ、今の私は英霊を聖杯の補助無しで現界させているに等しいのだから。
……全く、あのヘッポコがとんでもないヤツを召喚するからだ。
魔術師は『無いモノを有るトコロから持ってきて代わりに充てる』のが当たり前、とは言えよりにもよって英霊の現界に必要な魔力を持っていくのはやり過ぎじゃないだろうか……まぁ、その分はしっかり補填してもらって魔力量自体は不足気味だけどどうにかなるレベルで収まってるけど。
「……その魔力補充で疲れを溜め込むんじゃ、意味無いじゃない……」
そう、あのケダモノが見境無い所為で毎夜精根尽き果てさせられているわけだ。
大体、魔力を補充するためだけなら精を胎で受け止めるだけでいいのに、あのバカは口だのお尻だの顔だの、あっちこっちにばらまくもんだからちっとも効率的じゃないし。
「まぁ、だからと言って事務的に"される"のも嫌だけど……はぁ」
だからって体中を……その、"開発"されるのも間違ってるような気もする。
「贅沢な悩みだよ、それは」
「そうね、私もそう思うけどアンタにだけは言われなく無いわよ諸悪の根源!!」
とりあえず、不法侵入者をガンドで迎撃する……あ、当たった。
200○年△月□日 晴 夜、人が結構深刻に悩んでいるところに、デリカシーの欠片も無く現れた不届き 者に何気なくガンドぶつけたら、あっけなくダウンを奪ってしまった。ちょっと、 そんな体たらく守護者なのか一瞬疑ってしまう。まぁ、ワザとなんだろうけど。 その後、何か呟いていたけど無視。とりあえず紅茶でも淹れさせて気を静める。 相変わらず、茶坊主としては封印指定にしたくなる程の腕前。こいつ、実はそっち の方面で世界と契約したんじゃないのかと疑いたくなる。家事全般万能だし。 その事を聞いてみると、物凄く嫌な顔で『君がそれを言うか?』と返された。何 で私が聞くのが嫌なのか問い詰めてやりたいが、あっさり避わされてしまった。 本当に、アイツの過去に一体何があったんだろうか。 でも、良く考えてみればアイツの過去って概ね士郎の過去な訳で。そう考えると、 アイツに聞かなくても士郎にでも聞いてみればいいかな。今度、適当な時にでも聞 いてみる事にする。
「ふぅ……」
日課の早朝訓練を終える。やっぱり、朝から体を動かすのは気持ちがいい。
欲を言えば道場とか土蔵とか"場"にもこだわりたいが、それなりの邸宅とは言えども流石に倫敦の家屋でそういった純和風な施設を望むべくも無い。むしろ、あったら引く。
「さて、と。今日はどうしようか」
久しぶりの休日。やりたい事は山ほどあるが、はてさてどれから手をつけるべきか。
「普段出来ない部分の掃除は当然として、溜まった洗濯物も片付けないといけないし……あぁ、そうだ。食材の買い置きもちょっと心もとなくなってきてたな。そろそろ買出しに行かないと……ついでだし日用雑貨の買い足しもしておくか……って、そう言えば遠坂が――――」
やらなければならない事は本当に数え切れない。まぁ、全部を俺一人でやるわけじゃないけど、なるべくなら出来る限りの範囲内は俺がやるべきだろう。
「それじゃ、まずは朝食の準備かな」
流れる汗をぬぐいながら、台所へと向かう。さて、今日は何を作ろうか。昨日はトマトサラダに野菜スープ、ベーコンエッグにトースト、食後には紅茶と洋風だったから今日は和風に――――
「ふむ、遅かったな。今日の朝食は塩鮭に菊菜のおひたし、肉じゃがに豆腐の味噌汁だ。もうじきご飯も蒸らし終わるから凛を起こして来るといい」
そうそう、そんな感じで……って!!
「……何してるんだ、アーチャー?」
「何をって、朝食の……はっ!?私は何故朝食の準備を!?」
「それはこっちの台詞だぞ」
本当に何でさ。
「……まぁ構わんだろう。どうせ貴様とて考えた献立はそう変わるまい」
「む、確かにそうだけどさ。でも何で今日に限って台所に立ってるんだ?」
いつもは紅茶入れるぐらいしか立たない癖に……まぁ、俺が意地になって料理させて無かった、というのもあるかもしれないけどさ。
「何、気が向いただけのことだ。特に他意は無い。貴様とて判らんでも無いだろう?」
「確かに気が付いたら朝から山ほど料理してたことはあったような気もするけど……何か違わなくないか?ルート的に」
多分その経験があるのはここにいる俺ではない、そんな気がする。いや、それこそどうでもいいこどなんだけどさ。
「まぁ気にするほどの事でもないだろう、それより早く凛を起こしに行け。料理が冷めてしまうではないか。」
「そうだな、それじゃ悪いがそっちは頼む」
200○年△月☆日 晴 今日は珍しくアーチャーが台所に立っていた。 本人曰く『気が向いただけ』らしい。まぁ、士郎もそんなところがあるからアイ ツにもそんな日があるのだろう。 でも、その後一日中家事に奔走するのはちょっと変じゃないだろうか。随分と士 郎が手持ち無沙汰にしていたのが、少し可愛かった。まぁそのお蔭で士郎と二人し て一日自由に時間を使えたのは、アーチャーに感謝するべきなのかも。 たまにはアイツも気を回してくれる、まぁ使い魔としては当然なのかもしれない けど、イマイチアイツが使い魔だって思えないのよね。まぁ、やってる事は使い魔 そのもの何だけど、士郎も大概同じ様な事を率先してやりたがるわけで、今一つ実 感が湧かないのがあるのかもしれないけど。 そう言えば、士郎に昨日アーチャーに聞いたことと同じ事を尋ねてみたら変な顔 された。その後、悩んだ挙句に『全然判らない』ときた。 本当にアーチャーのあの態度は何なのだろうか?
品質――鮮度は言うまでも無く、大きさも均一であれ。
計量――少なければ悪く、多すぎればまた悪し。
温度――可能な限り高く、出来うる限りそれを保つ。
時間――性質を見極め、時に悠長に、時に迅速に。
出来ないはずは無い、この身はただそれだけに特化した――――
「では採点だ。もっとも――――いかに上手く出来たとしても、私には適うべくも無いが」
「言ってろ。いつまでも大きな口が叩けると思うなよ」
「ふん、模倣者(フェイカー)に負けるほど私の腕も鈍ってはおらんよ」
「贋作(フェイク)だろうと、本物に負けるとは限らないさ」
随分と勇ましい言葉のやり取りだ。
ここが台所ではなく戦場で、我々の眼下にあるものが紅茶ではなく刀剣であれば、様になっていただろう。
「……70点、まだ蒸らしが足りん。中国紅茶は十二分に蒸らさんと香りが立たん、教えたはずだがな」
「くそ、6分じゃ足りなかったか」
「何、それでも以前に比べれば格段の進歩だ。この分ならば、後数年修行すれば私の域に至る事も可能だろう」
「む、それじゃ駄目だ。俺は直ぐにでも追い抜きたいんだからな」
「はっ、寝言は寝てから言うものだ衛宮士郎。貴様が考えているよりもずっと、紅茶の道は長く険しい――――私とて、その頂にいるわけではないのだからな」
まぁそれでも、『世界で一握りの超一流』ぐらいの自負はあるが。
「そう言えばアーチャー」
最近新たに日課となった"夜間の特訓"を終えて茶具を片付け終わったところで、何かを思い出したように衛宮士郎が話しかけてくる。
「何だ?」
「お前さ、何で俺に紅茶の淹れ方何て指導してくれる気になったんだ?」
その瞬間、不本意な事だが表情が固まった。
いや、恐らく表情のみならず全身が固まった。
よもやすれば、時空すら固まったのかもしれない。親父、俺も固有時制御が使えたよ。
「……繰り返したく無いからだ」
「繰り返す?何を?」
「私の、過去の苦行を、だ」
思い出す、磨耗し果てた遥かな過去を。
かつて私が衛宮士郎と呼ばれていた過去を。
セイバーと別れて、正義の味方を目指し、遠坂とともに倫敦に渡った過去を。
そこで繰り広げられた、血が滲み涙が流れた、あの過去を。
――――あぁ、私にもまだ、流す事の出来る涙が残っていたとはな。
「アレは、地獄だった……」
「あ、アーチャー?」
涙が流れる。
「凛は……彼女は、鬼教官だった」
「おい、アーチャー?」
声が震える。
「紅茶など、ティーバッグでしか淹れた事の無い私に対して、彼女は完璧を求めた」
「アーチャーさ〜ん?」
表情が、視界が、歪む。
「その割には自分自身で手本を示す事も無く、ただただ私に茶を淹れさせては――」
「お〜い……」
駄目だ、これ以上をオモイダシテハナラナイ。
「俺はただ、正義の味方になりたかっただけなのににな……」
「…………」
気が付いたら、便利な茶坊主になっていた。と言うか、あの数年間俺は茶の淹れ方しか勉強できなかったんだなぁ。
「だから、せめてお前には……茶の淹れ方ぐらい教えて……」
「アーチャー……お前っていい奴だったんだな」
200○年△月◎日 曇 最近、士郎の淹れる紅茶が美味しくなってきた。何でも、アーチャーから教わっ ているらしい。どんな風の吹き回しなのか、アーチャーにも士郎にも尋ねてみたが、 口を濁すばかりで答えてくれない。 まぁ、その内士郎にも紅茶の淹れ方を仕込むつもりだったから、アーチャーが代 わりに教授してくれるのは丁度良いかもしれない。でも、何故かこの頃士郎の私を 見る目が変なのは気のせいだろうか?私に紅茶を淹れた時とかは特に。 まぁ、いいか。気にするほどのことでも無いし。