water guys

元ネタ:Fate/hollow ataraxia

water guys

 両腕にて水を掻く、掻く、掻く。
 掌を心持ち広げて、水を掴むように。
 腕の軌跡は正中線から若干ずらして、水を後方へ押し出す様に。
 片腕の作業が終わればもう片腕へ、一拍毎に鏡映しになる様に。
 その間、足は休まずビートを刻み続ける、1ストローク6ビート。
 
 水中を進むのではなく、水上を滑る様に。
 我武者羅に腕を回すのではなく、一見力を抜いているかの様に。
 
 これこそ、人類に許された最速の泳法――――赤子が這い進むが如く(クロール)。
 パドルもフィンも使わずに、己の身一つで水上と水中の狭間を駆け抜ける。
 地上を闊歩するヒトが積み重ねた知識の集大成、速さのみを追求した技術の粋。
 
 
 「……お前、こんなところまで来て何してんだよ」
 プールサイドから呆れかえったかのような声が届く。
 見上げれば、派手なアロハシャツを着た『いかにも』な風体の男。
 「何を、と問われても。ただ泳いでいるだけなのだが」
 軽く頭を振って水滴を飛ばしながら答える。
 「プールとは泳ぐ場所だと認識しているが」
 「泳ぐだけの為の場所に、でっかい滑り台や流れる仕掛けをつくるもんか?」
 「それは人それぞれ所それぞれといったところだろうよ、少なくともこのプールは競泳用だ」
 周りを見渡せば、平日であるにも関わらず他にも幾人か己を律し鍛えるために泳いでいる人間が見受けられる。
 中にはこれはと目を見張る程の泳者がいるあたり、この都市では意外と水泳が盛んなのかもしれない……生前は興味が無かったから知らなかったが。
 「では逆に問うが、君は何をしに来たのだランサー?
  その口ぶりでは泳ぎに来たわけでは無さそうだが」
 「俺か?
  そりゃ、アレだな。迷える子羊たちを導きに来たってところか」
 口元を笑みに歪ませて、カラリと言い放つランサー。
 言葉だけを受け取れば軽薄極まりないが、この男が口にすれば嫌味に感じないのは有る意味人徳と言うものなのだろうか。
 「ほう、君が神父や牧師の真似事を始めたとは初耳だな。
  私はてっきり、女に振られに来たと思っていたのだが」
 「ほざけ朴念仁、女に振られるのが怖くて女を口説けるかよ」
 成る程、名言だ。尤も、ある種の諦観を感じなくも無いが。
 「大体だな、こんな所に来る様な女ってのは大概のところ男を捜しに来てるって感じに相場が決まってるだろうが」
 「早計だな、男連れという選択肢を無視している。
  寧ろ、無視された可能性の方が大きいと私は判断するがね。
  ……まぁ、世間一般では君の様な男が多いのかもしれないが」
 レジャーエリアの盛況を遠目に眺めながら答える。
 見ればランサーの劣化版の如き男が溢れかえっているのが判る。
 尤も、ランサーの言う『男を探しに来てる女』というのはそれ程見当たらない辺り、世界はとことん男の浅知恵を嘲笑う様に出来ているのかもしれない。
 「それで、だ。お前はここで何してんだ?」
 「見ていたはずだろうし、答えたはずだが。
  それとも、君は先程までの私の姿が『泳いでいる』以外の何かに見えたのかね?」
 「誰がそんな見て判る事を聞くんだよ!
  俺が聞いてるのは、何でお前がここにいるのかって事だ」
 憤慨した様に声を荒げ重ねて問うランサー。
 「……私がこの場所に居ることに何か不満でもあるのか?」
 「それもあるが、寧ろお前がここに居る事自体がそもそも不可解だ」
 ふむ……どうやら私がこの場所に居る事を、本当に不思議がっているようだ。
 「成る程、そういう意味か。
  何、私とて石仏では無いからな。君ほどではないが、息抜きぐらいしたくなる時もある。
  ……尤も今回に限っては、息抜きだけという訳では無いがな」
 「ほう、お前が石仏じゃないってのは初耳だな。
  俺はてっきり、お前は体の芯まで無機物で出来ていると踏んでいたんだが」
 つっこむのはそっちか、ランサー。
 「む、無機物とは心外だな。いや、強ち外れている訳でも無いが、日常全てを事務的に効率重視で過ごす程まで磨耗しているつもりも無い。これでもそれなりに娯楽を嗜んではいるつもりだ」
 「そうか?俺から見れば、お前みてぇな奴は真昼間からアレやコレやと嬢ちゃんの言いつけ通りに一日中仕事三昧……と踏んでいたんだがな」
 「それこそ本気で心外だ。アレの命令はそれなりに過酷ではあるが、それだけに全てを費やさねばならぬほどこの身は軟く出来てはいない」
 ――――結構図星だったりするのだが。
 「なるほどね、まぁそういう事にしといてやるよ」
 ニヤリと口角を歪ませながら、答えるランサー。むぅ、バレバレだったようだな。
 「それで、だ。今回はどんな風の吹き回しだったんだ?」
 「ふむ、アレを見ろ」
 漸く本題に入れそうなので、言い返したい事を押さえ込んである方角を視線で示す。
 かなり離れた距離ではあるが、人の身ならぬ我々サーヴァントにとっては指呼の距離とさほど変わらない。
 「……あぁ、衛宮の坊主と……」
 「セイバーだな、間違い無く」
 苦虫を数匹噛み潰しながら、平然を装って答える。
 「……あいつら、何してんだ?」
 「多分、世間で言うところのデートだと推測される。
  セイバーが随分と弾けているところを見ると、あの半人前から誘った可能性が高い」
 「いや、そういう事を聞いたわけじゃねぇんだが」
 随分と珍しいこともあるものだと、かつての自分の性格を考えながら答えてみる。
 ……多分、いや確実に誰かの入れ知恵に間違い無いな。
 「しかし……ふ〜ん……なるほどねぇ」
 「……何が、言いたい?」
 相貌を喜色に歪ませながら、ランサーがにじり寄って来る。
 「つまり、デバガメしてるのか」
 「失礼な、セイバーとそのマスターを監視していると考えて貰いたいな」
 勘違いしているらしいランサーに、あの自覚無き女たらしの動向を探っているだけだと主張してみる。
 「いや、だからデバガメしてるんだろ?」
 「行動内容は同じでも、行動指針が全く違う。
  デバガメとは違うのだよ、デバガメとは」
 主張失敗、モノの見事に玉砕。
 「しかし、お前さんがセイバーに執心していたとは意外だな。
  そういうのは金ぴかの役割だと思っていたんだが」
 「あの危険物と同じ扱いと言うのが、凄まじく気にいらんな。
  私はただ衛宮士郎がセイバーをこんな場所に連れ出すのが気になっただけで、別にセイバーが気になるわけではない」
 「坊主にこんな場所に連れ出されたセイバーが気になるんじゃねぇのか?」
 「混ぜ返すなランサー……よく考えてみろ、あの『衛宮士郎』がだ。あの朴念仁に手足が生えて歩いているような男がこんな場所にセイバーを連れてきているわけだ。しかも、聖杯戦争だとか修練目的だとかではなくデートとしてだぞ?
  ……これを気にするなと言う方が難しいと私は考えるのだが」
 一気に捲し立ててみる。
 これだと間違い無くデバガメの言い分以外の何者でも無いような気がするが、あくまで敵情視察の言い分である……つもりだ。
 「……アーチャー」
 「何だランサー」
 ランサーが不意に真剣な表情を浮かべたかと思うと、
 「奇遇だな、俺もそんな気がしてきた……ような気がする」
 喜色満面で右手を突き出してきた。
 「理解してもらえると有り難い」
 その手を握り返す……ここに新たな友誼が結ばれる。
 
 
 「と言うわけでだ、小僧にセイバー。今度はビーチバレーで勝負しようじゃねぇか!」
 「ふっ……ビーチボールを抱えて溺死しろ」
 「なんでさ――――というかビーチボール抱えてたら普通溺れないって」
 童心に返る大人達って本当に痛々しいなぁ……特に赤い(今は黒い)方。
 「いいでしょう。
  ……尤も、すぐに私達に挑んできた事を後悔することになるでしょうが」
 いや、多分後悔するのはお前の方だと思うぞセイバー。
 「へっ、上等だ」
 「ふむ……ではいくぞセイバー(と衛宮士郎)!!」
 
 ぽ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん
 
 だって、ビーチバレーと言う競技の性質上……たっぱの高い方が圧倒的有…利……?
 
 ザシュッ――――――バシッ!!!
 
 「な、」
 「にぃぃぃ!!!」
 驚く二人……そりゃあ驚くよな。俺も驚いてるし。
 小手始めに高々と打ち込んだボールを弾道の最高点で打ち返されたら、普通驚く。
 あ〜、軽く見積もっても3メートルは跳んでるよな、アレ。
 ……と言うかセイバー、お前の辞書には加減の二文字は――――ある訳無いか。
 「ちっ!!」
 アーチャーが必死でボールの軌道へ駆け込み、レシーブ。
 間を置かずボールへと走りこむランサー、急造ながら中々の連携。
 「セイバー、お前がそういうつもりなら……こっちも本気でイかせてもらうぜ」
 陣地中央高くに舞うボールへ向けて跳び上がるランサー、その体は既に最高のスパイクを打ち込むべく海老反りに捻りこまれている。
 「その心臓――――貰い受ける!!」
 その姿は正に槍兵の名に恥じぬ勇姿、放たれるは相手の守備をも貫き通す必殺の一撃。
 「刺し穿つ死翔の護謨鞠(ゲイボルグ)!!」
 「それをゲイボルグと読むのは無理があると思うぞランサげぶっ!!」
 何故か直撃を喰らう俺。がっでむ、そんなに俺が嫌いかランサー。
 それから後ろでニヤニヤするんじゃねぇアーチャー。
 「シロウ!」
 こちらを振り向き、俺を気遣う表情を見せるセイバー。
 「――――貴方の死は絶対に無駄にしません!!」
 「い、いや……まだ死んでないから」
 このまま勝負を続けたら死ぬかもしれないけどさ。
 「ふむ、ならば止めを刺してやるから安心しろ」
 そうか、それは――――って、安心出来るか!!
 「心配するな、塵一つ残さん――――I am the born of my ball(体はビーチボールで出来ている)」
 「勝手に自分(俺)の人生を改竄してんじゃねぇぇぇぇ!!」
 「何、問題無い――――オレとお前は起源を同じくしただけの別人なのだから、な!!」
 こっちは全くの赤の他人だと思いたいけどな。
 「投影完了(セット)――――是、射殺す百球(ナインライブスボールワークス)」
 「ちょっと待て、それは俺の使たわば!!」
 何か、すげー楽しそうだな赤の他人の赤い人(セイギノミカタ)。
 時に、摩耗し切って理想とか答えとか大事なものが全部無くなってませんか。
 
 
 その後、数十分に渡って死闘は続いた。
 ……尤も、死と闘っていたのは主に俺だけだったが。
 
 「アーチャー、貴方はここで倒す」
 「構わんよ、君もいずれは越えねばならぬ敵だ」
 「……アーチャー、何故そこで狙いを俺に向ける」
 
 「征くぞ、流星の鉄槌をその身に受けろランサー」
 「悪いな坊主――――諦めて大人しく成仏してくれや」
 「ランサー、怖いからって矛先を俺に向けるのは止めてくれ」
 
 「アーチャー、少しヤバくねぇか……結構押されてるぜ」
 「ふむ、ならば我々も本気を出すしか無いだろうよ」
 「だからさ、二人して何で俺を見るんだよ」
 
 
 「……と言うか、何故に俺ばかりを狙うよお前ら」
 「多分……シロウの方が組し易いからでは無いでしょうか?」
 「弱点から攻めるのは戦の常套だからなぁ」
 「文句を言うなら自分を磨け半人前」
 畜生、三者三様に言いたい放題言いやがって。
 こうなったら自棄だ、俺なりに全力でいってやろうじゃないか。
 「あの、シロウ……何か嫌な予感がするのですが?」
 同調開始――――肉体強度、強化完了。
 「えっとですね、先程までは少々私も攻撃ばかりに集中していましたが」
 ・・・・――――反応速度、強化完了。
 「次からは私も少しは防御に回ってですね」
 宝具起動――――全て遠き理想郷、起動確認。
 「大体、あの二人と来たらこっちの事情も省みずちょっかいを出してくるなんて野暮も――――えっと、シロウ?」
 「……大丈夫だよ、セイバー」
 こちらの戦闘態勢は整った。
 「ふむ、少しはやる気になったようだな衛宮士郎
 「あぁ、悪かったな――――だけど、答えは得たアーチャー」
 お前らの様なデバガメをほったらかしておくのは、多分世界の――――俺自身への脅威。
 「それ、俺も入ってるのかよ」
 ……自覚しろ、ランサー。後、地の文に素で反応するな。
 「ならば、もはや語る事は無いな」
 無言で頷く、そしてセイバーを制する様にして前へ踏み出す。
 「行くぞ贋作者――――投影の準備は十分か?」
 「ほざけ半人前――――お前の方こそ付いて来れるか?」
 
 
 争うべし。競うべし。闘うべし。
 正義の味方(衛宮士郎)と錬鉄の英霊(アーチャー)。
 俺達(エミヤシロウ)の結末はここにある。
 
 
 「この、わくわくざぶーんにですか?」
 「……突っ込んでやるなよセイバー、いい雰囲気なんだからよ」
 そこ、傍観者気取りで見物するな。
 
 
 
 
 結局、閉館時間に係員から呼び止められるまで俺達の死闘は続くのだった。

後書き

 久々な二次創作、実に数ヶ月振り……サボりすぎだ、俺。
 元々はFate/hollow ataraxiaをプレイしていて『「水辺の王様」で赤青コンビが「シスターズサマー(アップル)」にて触れられていた様にビーチバレー対決をしていたら面白いだろうなぁ』とか思いついたのがきっかけだった様な気がする。まぁ、かなり前の話なので、正確なところはどうだったか記憶が曖昧だが。と言うか、相変わらず途中から暴走してるし。
 タイトル名は、今更言うまでも無いが某有名邦画より改変。俺としてはあの作品は映画版が一番面白かったように思うのだが、何故か世間ではドラマ版を推す人間が多い……竹中直人がいい演技していたと思うんだけどなぁ。