【勝手に】銀河英雄伝説IF物語【妄想】@SF・FT・ホラー 適当にまとめ 〜264 ◆X4sTWrpuic氏の作品〜 vol.4
264 ◆X4sTWrpuic氏の作品
792 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/11 15:02
その日の夜、ラインハルトはキルヒアイス、ミッターマイヤー、ロイエンタールの三名と夕食を共にしていた。
皇帝の「交換」に伴う人事発令で、キルヒアイスは軍務尚書、ミッターマイヤーは宇宙艦隊司令長官、ロイエンタールは統帥本部長兼総参謀長に改めて任命されている。
よってこれは事実上、帝国軍の最高首脳会議でもあった。
「つまり」
食事を取りながら状況説明を終えたロイエンタールに、ミッターマイヤーが視線を向けた。
「フェザーンを突破する障害は無いというのか、卿は」
「ああ、ほとんど無かろう」
とロイエンタール。キルヒアイスは黙って二人のやりとりを見守っている。
「経済的な問題はあるにはあるが、短期的かつ限定的なものだ。
帝国の経済力は上向いている、混乱は起きないだろう」
「いや、そうではない。反徒どもを利することにはならないのか」
「その心配も無用だ。奴らの国内経済は疲弊し、根本的な対策を打たねば早急な回復はあり得ん。
フェザーンの商人どもがあちらに付いたとて、すぐに改善されるほど甘い状況ではない」
「するとつまり、今までのフェザーン脅威論とは何だったのでしょうか」
キルヒアイスが首を傾げる。ロイエンタールはそんな彼にワインを注いでやり、自らも口にする。
「フェザーンを支点にした均衡理論は、あくまで帝国と同盟が対等に近い軍事力と経済力を持っている事が前提だったということです」
「なるほど。今回のように力の格差が大きくなりすぎると、フェザーンがどう動いてもバランスは変わらない、と」
「そういうことです」
793 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/11 15:15
「では、フェザーン回廊を突破しての侵攻作戦について、基本的に同意は得られたとみて良いな」
総括するようにラインハルトが言うと、一同は頷いた。
「では次の件だ。兵力配置についてだが」
「おっしゃることは分かるのですが、これは・・・」
手元に配布された試案を手に取り、ミッターマイヤーが怪訝そうな声を上げる。
「あまりにフェザーン回廊に集中しすぎています。イゼルローン方面にも抑えは必要ではないでしょうか」
「常識的に考えればその通りだ。卿が言うが如く抑えの兵力を置いておかねば、イゼルローンから敵が突出した場合防ぎようがない」
「さればこそ、この配置の真意をお伺いしたいのです」
「・・・ミッターマイヤー」
ラインハルトはふと、窓の外の星空を見上げた。
「私の考えている通りに事が進めば、恐らく今回の戦役で戦争は終わる。
その後には長い平和が訪れよう」
「そうなれば、と切望します」
「そうか?」
金髪の、半神を思わせる青年はまっすぐにミッターマイヤーを見据える。
その視線の鋭さと直截さに、ミッターマイヤーは目眩すら覚える。
「本当にそうか?もう戦いは無い・・・あの高揚感も、名誉も、武勲も、全てが遠い過去のものとなろう。私は何よりもまず武人でありたいと思ってきた。卿もそうであろう」
「・・・は」
「なればこそ、この戦いは決戦でなければならぬ。
長きにわたった帝国と彼らとの戦いの歴史の最後を飾る、最後の決戦でなければならぬ」
「決戦・・・ですか」
「そうだ。そしてこの決戦そのものが平和を招来するだろう。戦争の時代に終止符を打ち、平和をもたらす為の、そして我ら武人の時代を終わらせるにふさわしい、徹底的な決戦が」
ラインハルトはそう言い切ると、一同を見渡す。
「我が帝国軍の全力をもって、自由惑星同盟軍の全力を撃つ。そうでなければならぬ」
804 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/12 12:42
イゼルローンに戻ったヤンは、ファーレンハイトとカールセンを送り出すにあたって方面軍首脳部を集めていた。
テーブルには酒肴が並べられて酒宴の構えになってはいたが、しかし彼の表情はいつになく真剣だった。
「単刀直入に言うと、今度の戦いが恐らく最後になる、と思っている」
ヤンは静かにそう言った。一同の周囲の空気がざわめくようだった。
「帝国軍は全力を以て侵攻してくるだろう。我々も全力でそれを迎え撃つ。最後の決戦という訳だね」
「この回廊で・・・ですか?」
「いや、そうじゃない。敵は間違いなく、フェザーン回廊を突破しようとするだろう」
ユリアンの言葉を遮り、彼はそう言った。たちまち場の雰囲気が沸騰し始める。
「フェザーンの中立を無視すると?」
「それよりも何よりも、もうフェザーンは必要ではないんだ。
歴史的使命を終えた、というべきだろう」
ヤンは手を組むと、説明し始めた。
もはや帝国と同盟の国力の差は歴然としており、フェザーンの重要性は薄れたこと。
イゼルローン回廊を突破することは事実上不可能となったこと。
805 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/12 12:44
「そして、新たな時代を導くためには、フェザーンは排除しなければならないんだ。象徴としても、実効的にも」
この時点で彼は地球教徒の動きに気づいていた訳ではない。
しかし、それは別にしてもフェザーンというものの存在をラインハルトは許容しないだろう、とヤンは考えている。
「では、我々はどうするんだ」
キャゼルヌが首を傾げる。ヤンは彼、そしてパエッタを順に眺め渡した。
「イゼルローン回廊には警戒兵力のみを残し、機動兵力はすぐにでもフェザーン方面へ移動できるようにしておくべきだろう」
「本国の艦隊と共同で帝国軍を迎撃するのですか」
「そういうことだ。ついてはパエッタ提督」
パエッタが居住まいを正し、ヤンに視線を向ける。
「あなたに私がいない間の方面軍司令官代行をお願いしたいのですが」
周囲の視線が集まるのを感じながら、彼は大きく頷いた。
「諒解した。代行する上での方針などあれば、教えておいて欲しい」
「専守防衛で。二つの要塞を連携させてやれば、いくら帝国軍が大軍を催しても容易には抜けない筈です」
「・・・承知した」
「副司令官としてフィッシャー提督を付けます。
要塞の方は引き続きシェーンコップ少将とアンスバッハ准将にお願いします」
三人がそれぞれ頷く。
821 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/12 22:08
>213氏
いや、うまいですな。もはや張り合う気も失せました。
私が書いているのは小説とは言えませんね、これじゃ。私のは小説風歴史の教科書だw
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帝国軍の布陣はそうする間にも頻々と同盟側にも伝わっていた。どうも彼らは、意図的に情報を流している節すらあった。
帝国軍は三つの集団に分けられていた。
前衛集団はキルヒアイス元帥が率いる4万隻で、麾下にはミッターマイヤー上級大将、ルッツ大将、ワーレン大将、シュタインメッツ大将らが入る。
本隊はラインハルトが直率し、兵力は同じく4万隻。麾下にはロイエンタール上級大将、ビッテンフェルト大将、レンネンカンプ大将、ミュラー大将らが従う。
そして別働隊として2万隻が分割され、メックリンガー大将が指揮を委ねられる事となった。
帝都オーディンに勢揃いした10万隻の大艦隊は、ラインハルトの観閲を受けた。遠征が始まるのは時間の問題だった。
一方統合作戦本部は帝国軍の侵攻が近いと判断、政府に警告を行った。しかしロイエンタールらの欺瞞外交に完全に引っかかっていた同盟政府はそれを一蹴、どころかそうした警告そのものが軍部の策動に過ぎないとアピールした。
事ここに至るや、もはや是非もなかった。シトレは統合作戦本部そのものを前線近くに移すことを決断、要衝ガンダルヴァ星域の惑星ウルヴァシーが拠点に選ばれる。
オーベルシュタインは政府部内の複数名に、軍部がハイネセンから出て行くほうが好都合との観測を流した。これに踊らされた政治家達はシトレの動きを妨害しなかった。
875 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/16 17:27
帝都オーディンにおいてラインハルトの観閲を受けた帝国軍が最後の作戦会議を行ったのは、帝国歴798年(宇宙歴489年)10月27日の事だった。
「・・・以上、10月1日付で敵軍は拠点を首都ハイネセンよりウルヴァシーに移設しております。統合作戦本部長シトレ元帥以下、スタッフ全てがここへ移っているとの事です」
ロイエンタールの報告が続いている。スクリーンには、シトレ元帥以下主要スタッフの画像が映し出されている。情報部長としてオーベルシュタインの顔もあったが、誰も何も言わない。それが禁忌であることは皆が理解している。
「先だって現役復帰したシトレ元帥は、現在敵軍中最もこのポストに相応しい人物だと判断しております」
「あぁ、なかなかのやり手だ。軍政軍令共に豊富な経験を持ち、内外の令名も高い・・・」
ラインハルトが髪をかきあげる。その様子を見つめていたメックリンガーが、小首を傾げた。
「国家存亡の折、最適の人材を充てたものでしょうか。
ならば敵もまだ脳髄まで死んではいないことになりましょうが」
「いや、それは無かろう」
至極あっさりと、ロイエンタールは冷淡とも取れる態度でそう言った。
「彼の起用は軍部の意思だ。先般の回廊での大勝で、軍部ひいてはヤン・ウェンリーの大衆的な人気は極大にまで達している。今の同盟政府に、それに抗することはできまい」
「しかし意外と言えば意外だな」
とミッターマイヤー。ロイエンタールは友人に視線を向ける。
876 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/16 17:28
「ヤンという男は政治に容喙しないことを佳しとする、と聞いていたが」
「容喙というより、他に選択肢が無いという事だろうな」
「なるほど・・・」
「ではロイエンタール、軍部と政府の意思は完全に乖離していると判断して良いのだな」
とりまとめるようにラインハルトが声をあげる。ロイエンタールは頷いた。
「その通りかと。同盟政府はこちらの謀略に乗り、我々と秘密不戦協定を結べると考えています。
この協定でもって軍部に奪われた支持と威信を回復しようとしているのでしょう」
ロイエンタールが先般から進めている工作がこれだった。同盟と秘密の内に不戦協定を結び、両国がお互いを承認して共存しようというのだ。
トリューニヒトはこの謀略に乗った。それほど苦しかった、ということはあるのだろうが、実のところこれにはもう一つからくりがあった。
そのからくりにロイエンタールが気づくのはもう少し先になるのだが。
878 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/16 23:39
そして無論、その交渉そのものが擬態に過ぎない。それはロイエンタールもよく承知している。
「フェザーンには動きはありません。敵政府と接触している所までは掴んでいますが」
そう言うと、ロイエンタールは微妙な表情を見せた。
それが少しばかり焦りと苛立ちを含んでいる事に、ミッターマイヤーだけが気づいている。
しかしラインハルトは優雅に首を振った。
「それで良い、今のところは」
「今のところは、ですか」
「そうだ」
そして我々は既定通りに作戦を遂行すれば良いのだ、そう彼は言った。
同盟内部におけるオーベルシュタインは全くの孤独だった。
彼はもちろん同盟軍統合作戦本部情報部長として相応以上の働きを見せていたが、彼の真意と目的はまた別のところにある。
彼は既に、トリューニヒトと地球教徒の関係をある程度まで掴んでいた。
そこにフェザーンも絡んでくることも、今のところ証拠はないが推測出来ている。
そこで打ったのがこの手だった。明敏なロイエンタールがこの種の策略を仕掛けてくることは見えていたので、それがより美味しそうに見えるように少し手を加えてやったのだ。
ありていに言えば、彼は独断で情報の伝達速度を恣意的に変えていた。
時系列的には不戦協定絡みの欺瞞外交を仕掛けてきたのはロイエンタールの方が早かったのだが、彼は意図的に情報を握りつぶした。
同種の策謀をフェザーンが仕掛けてくるだろう、と考えたからだった。
そして案の定、フェザーンは帝国と同盟を共存させ得るように見える未来図を同盟首脳にちらつかせた。
そこでオーベルシュタインははじめて握り込んでいた情報を明かした。
帝国とフェザーン、その両方から似たような情報を掴んだと考えた同盟政府は、手もなくこの策動に乗った。
・・・そしてそれこそが証拠なのだ。
と彼は思う。トリューニヒトという一種悪魔的な男がこうも簡単に策謀に乗ったのは、それが自分の策謀と状況的に符合したからだった。
つまり、背後にフェザーンと地球教徒が絡んでいる、とトリューニヒトは判断し、これを好機と考えたのだろう。
全て、そこまで読み切ったオーベルシュタインの奇計とも知らずに。
903 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/20 10:33
「神々の黄昏」と命名された同盟侵攻作戦が正式に発動されたのは、帝国歴798年11月1日の事である。
この日、まずメックリンガー大将率いる2万隻が先発、イゼルローン回廊へ向かった。更に翌日にはキルヒアイス元帥指揮の4万隻がオーディンを進発、その最前衛を任されたミッターマイヤー上級大将は高速部隊1万5千を率いてフェザーン回廊へ急行している。
ラインハルト率いる本隊が出撃したのはその3日後11月5日のことだった。
この3日の間に、ラインハルトの身辺でちょっとした出来事が起きていた。
彼は個人的な秘書官としてマリーンドルフ伯の息女であるヒルデガルドを任用していたのだが、彼女がラインハルトの不興を買って暇を出されたのだった。
直接的な引き金は、彼女がラインハルトに出征を思いとどまらせようとしたことにある。
「宰相閣下は帝都に留まり、キルヒアイス元帥が勝利の果実をもたらすのをお待ちになられては如何でしょうか」
そう彼女が進言した時のラインハルトの様子を、同席していた主席副官シュトライト中将はこう語る。まさに獅子の咆哮と言うべきだった、と。
904 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/20 10:34
「フロイライン!あなたは何を言っているのか、自分で分かっているのか?」
「王者には王者の態度というものもあるのではないか、と申し上げているのです。
征戦は部下にお任せになって閣下は大局を総攬されるべきではないでしょうか」
その言葉は、金髪の独裁者の怒りの炎に油を注いだだけだった。
「部下?部下と言ったか?私がキルヒアイスらをただの部下扱いしていると、本気でそう思うのか?」
「・・・それは・・・」
「彼らと共に私が前線に赴き、敵の主将と雌雄を決する、そうせねばこの戦いは終わらぬ!それが分からぬか!」
ここで素直に謝罪して自分の非を認めれば、この聡明な伯爵令嬢にもまだ舞台は与えられたろう。しかし自分で自分を聡明だと考えているこの女性は、それ故に墓穴を掘った。
「・・・お言葉ですが、それが王者たるお方に相応しい行いでしょうか?」
瞬間、ラインハルトは思いきりテーブルを叩いた。
「ならば私は王者などにはならぬ!」
そしてそのまま、戸口を指さす。
「フロイライン、あなたには失望した。もう出仕の要は無い・・・屋敷に帰られるがよかろう」
こうして一人の女性が歴史の表舞台から姿を消したのだった。
このエピソードを引いて後世の歴史家は語る。
ラインハルト・フォン・ローエングラムはまず何よりも先に誇り高い戦士だったのだ、と。
906 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/20 11:39
出撃に際し、はじめて弟の出征をアンネローゼが見送った事も、ある意味では特筆すべきエピソードかも知れない。
その場に居合わせた者は皆同じような感想を持った。ここではミュラー大将の言葉を引いておく。
・・・それはまるで、我らが元帥閣下に勝利の女神が祝福を与えているかのような光景であった・・・。
「それでは行って参ります、姉上」
「気をつけて、ラインハルト・・・幸運を祈っています」
姉の言葉に、ラインハルトは破顔した。
「私の幸運より、キルヒアイスの幸運を祈ってやってください」
「まぁ・・・」
「冗談ですよ、姉上。お言葉、感謝します・・・ですが、私にはキルヒアイスも、多くの優れた提督たちもいます。必ず、無事に戻ります」
「・・・ええ、そうですね」
アンネローゼは思う。いくら姉である自分に対してとはいえ、弟がこうして他人を思いやるような事を普通に言えるようになるとは、と。
彼女にとっては、自分やキルヒアイスだけでなく、提督たちのことにも気を遣う弟の姿が何よりも嬉しかった。
・・・これもジークのおかげ、なのでしょうか・・・。
純白のマントを翻して全軍の先頭に立つ弟に、彼女はかつて感じた危うさが薄れているように思えた。
911 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/20 14:36
ウォルフガング・ミッターマイヤー上級大将が、その俊足ぶりを存分に発揮してフェザーン回廊に突入、惑星フェザーンを包囲したのは11月10日のことだった。
この記録的な強行軍を可能にしたのは彼の艦隊運用手腕のみならず、彼がただ急進撃に集中できるように万事ぬかりなく手配したキルヒアイスの非凡な支援能力によるものだった。
何の前触れもなく虚を衝かれたフェザーン側は何の対応手腕も打てず、包囲突破を試みた数隻の高速船があっけなく拿捕された時点で抵抗を諦めるしかなかった。
翌日、フェザーン自治領はミッターマイヤーに降伏し、自治権返上を申し出た。
なお、自治領主ルビンスキー氏はその私邸で死体となって発見されたが、同じ部屋でケッセルリンク主席秘書官、ルビンスキーの愛人とされる歌手サン・ピエール嬢も同じく死体で発見されている。帝国軍憲兵隊は、何らかのトラブルによって殺し合ったらしい、と発表している。
一方で、メックリンガー艦隊がフェザーン回廊に到達したのは11月15日のことだった。その気になれば数日は早く進出することも可能だったのだが、ラインハルトより15日付での到着を厳命されていた彼は、几帳面にその日の零時に回廊宙域に侵入している。
イゼルローン回廊は沈黙の内にあった。恒星アルテナと二つの要塞が、彼とその艦隊を静かに迎えていた。
18 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/23 14:02
この時点でメックリンガーは知るよしも無かったが、ヤンとイゼルローン方面軍主力は既にその二日前、ウルヴァシーに急行していた。
その為この時点でイゼルローン回廊にいたのは、パエッタの第3艦隊の一部とフィッシャーの第13艦隊、掻き集めた警備艦艇など1隻万余だった。メックリンガー艦隊の約半数である。
フリートアドミラルズ要塞に駐留していたパエッタは、直ちに自ら旗艦パトロクロスに座乗して出撃した。イゼルローンのフィッシャーも呼応して出撃している。
彼は艦隊を要塞側面に拘置し、要塞の火力と防御力を主用しつつ包囲に陥る事は避ける、とのオーソドックスな戦術を採る構えだった。
メックリンガーとしても、たかだか2万程度の兵力で無理が利くとも思っていない。いきおい、両軍は距離を置いて対峙する形となった。
・・・要塞から艦隊を引き離してまず撃滅し、後は包囲に入れば良いのでは。
誰でも考えそうな策ではあったが、一応メックリンガーはそれを実行してはみた。しかしパエッタはその誘いに乗らず、要塞の側を離れなかった。
29 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/27 11:52
もとより、パエッタは勇気も判断力も水準以上に持っている指揮官で、経験も豊富である。
問題は彼がその時代に生まれてしまったと言うことだった。リン・パオやブルース・アッシュビーが強力なリーダーシップを発揮して他の提督達を統率していた時代に生を受けていたなら、彼は優秀な艦隊司令官として名を残せたのかも知れない。
つまり、彼はあくまで戦場の名指揮官であり、せいぜい戦域レベルの初歩あたりまでで物事を判断するタイプの指揮官だった。それを称して彼の限界というのは簡単だが、しかしやはりその最大の不幸は彼を使う立場の指揮官に人材を欠いたことだろう。
そう、彼は総司令官として力量を発揮するタイプではなかった。彼は優れた部将というべき人物だった。そしてそのキャリアの最後になって、彼はようやく優れた統率者を与えられたのだった。
30 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/27 12:04
そういう意味で、ヤンが彼に確固たる方針を与え、かつその上でのフリーハンドを許したのは理想的な展開だった。パエッタという一徹で頑固な男にとって、それが最も素直に命に服することができ、プライドも傷つかない。
一方、メックリンガーという男は戦略的センスにも優れた、視野の広い指揮官だった。
戦略と戦術の双方を理解するという意味では双璧に匹敵するものがあり、参謀として戦域レベル以上で戦争のデザインをする能力においてはラインハルトやロイエンタールと釣り合うのは帝国でも彼しかいなかったろう。
しかしそれが戦場の名将たり得るかとなると話は別だった。全てを総攬する半神の如き宰相が軍の先頭に立つ今の帝国においては、彼のようなスタッフ型の軍人はどちらかと言えば不遇だった。
この、いわば対照的な二人の対決となったイゼルローン攻防戦は、その二人がそれぞれ本質的には攻防逆位置に立つ展開になっている。
31 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/27 14:59
後に「パエッタのバックハンド・ブロウ」と呼ばれることになる戦闘は、こうして状況が膠着しかけた時に起きた。
11月18日、メックリンガーは二度目の陽動作戦を開始した。
敵艦隊が二つの要塞に分駐していることを察知した彼は、まずガイエスブルグ(フリートアドミラルズ)要塞の艦隊を誘い出し、敵の動きを見ようと考えたのだった。
出動したパエッタの第3艦隊は短時間の交戦の後イゼルローン方面に後退した。数的に劣勢であることを考えれば自然な判断だった。
メックリンガーはしばし躊躇した。
・・・このまま要塞攻略に掛かるか、それとも機動戦力の排除を考えるべきか?
結局、彼は常道を取った。要塞は後回しにして、第3艦隊を追撃したのである。
第3艦隊はイゼルローン要塞内に逃げ込む構えを見せた。援護しようと、フィッシャーの第13艦隊が出動してくる。
32 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/27 15:00
メックリンガーが待っていたのはこの瞬間だった。
・・・どのみち、一撃で敵を屠る事はできない。ならば隙を衝いて、少ないリスクでダメージを蓄積していくべきだ。
突出してくる第13艦隊を捕捉しようとメックリンガー艦隊は包囲陣に移行する。
しかしフィッシャーはメックリンガーとの交戦を避け、要塞から離れる進路を取った。
・・・おかしい、これでは味方の退却を支援することなど・・・?
ここまで考えた所で、彼は失敗に気づいた。
・・・誘い込まれたのはこちらだったか!
これがビッテンフェルトのような猪突猛進見敵必殺を旨とする指揮官だったら、遮二無二パエッタを追撃して敵に打撃を与えていただろう。しかし、メックリンガーは巧緻であろうとしすぎた。綺麗に戦おうとしすぎた、との評もある。
パエッタは回れ右をして反撃に転じる。距離を置いて回頭したフィッシャーも、断続的な攻撃でメックリンガーを圧迫する。
33 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/27 15:10
直ちに後退したいのはやまやまだったが、メックリンガーはそうしなかった。トゥール・ハンマーを恐れたのだった。
・・・血路を開くことは可能だろうが、艦隊が密集しすぎるとあれを撃ってくるだろう・・・!
実のところ、パエッタも要塞司令官のシェーンコップも、それは考えていなかった。
敵味方が混淆した、あるいは混淆の可能性がある状態では使えない、と考えていたからだった。
ひどく常識的な判断で、それ以上でも以下でもなかったが、メックリンガーは先を読みすぎていた。彼はなまじ広い視野に恵まれていただけに、物事を深く先まで考えすぎるきらいがあったらしい。
数に劣る敵に要塞に押し込まれるように圧迫され、敵艦隊のみならず要塞からの砲火まで浴びたメックリンガー艦隊は、結局包囲から離脱するまでに2000隻弱を失う痛手を受けた。
後にパエッタはこう語っている。
「ただ単純なことを、単純にやっただけだ。敵は勝手に深読みしてくれたらしい」
この言葉を伝え聞いたメックリンガーはただ苦笑したというが、それはそれでパエッタという男が、明確な方針のもとでの戦闘指揮には十分秀でていたことを証明する戦闘ではあったろう。
42 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/30 10:33
イゼルローンの戦況が膠着していた頃、フェザーン回廊方面でも戦機が熟しつつあった。
11月20日、ヤン率いるイゼルローン方面軍主力はウルヴァシーに到着、艦隊主力と合流した。
この時点で、この方面の同盟軍の陣容は以下の通りとなっている。
・統合作戦本部直轄(シトレ元帥)5000隻、旗艦アイアース
・第5艦隊(ビュコック大将)18000隻、旗艦リオ・グランデ
・第7艦隊(ファーレンハイト中将)13000隻、旗艦レオニダスⅡ
・イゼルローン方面艦隊(ヤン大将)17000隻、旗艦ヒューベリオン
ほぼ定数の三個艦隊に相当する53000隻が、事実上同盟に残された最後の決戦兵力だった。
各司令官は翌21日、ウルヴァシー基地に係留され本部施設替わりになっているアイアースに参集した。その席の冒頭、シトレはこう宣言した。
「今回の会戦は掛け値無しの決戦になる。よって、私も前線に立つ事にした」
一同がどよめく。歴史上、統合作戦本部長が陣頭指揮を執った例など無い。
「実戦の指揮は宇宙艦隊司令長官たるビュコック大将の職掌だからそれを侵す気はないが、ここで座って眺めているつもりもない」
反論は無しだ、そう無言で威圧するように周囲を睨め回す。一同は苦笑と共にそれを受け入れるしかなかった。
「・・・では、作戦内容の説明に入ろう」
困ったような、おかしいような表情を引き締め、ビュコックが頷くと立ち上がった。
「敵の兵力はフェザーンとの連絡が途絶えているので詳細は不明だが、パエッタ提督からの連絡ではあちらに向けた兵力は2万程度というから、まず7万乃至9万程度と見て良かろう」
「・・・我が軍の1.5倍、それ以上か・・・」
「守勢の利があるとはいえ、劣勢は覆いがたい。だが、それでも我らはやらねばならぬでな」
そう言いつつ、しかし楽しそうにビュコックは笑う。
「・・・最後にこの面々で戦えて、わしは何かこう、嬉しいでな」
頭を掻きながら、老人は何故か照れたようにそう言った。
43 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/30 10:57
「それで、だが」
咳払いを一つ。ビュコックは話を続ける。
「戦線中央正面に、我が第5艦隊を配置する。
シトレ元帥、あなたにもお付き合い願いますぞ・・・一兵でも惜しいですからな」
シトレは苦笑して片手を挙げる。
「イゼルローン艦隊は左翼に位置し、適宜戦局に対応して貰う。
普通にこう言えば行き当たりばったりにしかならんが、貴官なら問題なかろう」
「諒解です。せいぜい知恵を絞りますよ」
「第7艦隊は当初第二陣として拘置し、打撃兵力として適宜投入する。
貴官なればこそだ、宜しく頼む」
「ご期待に添います」
役回りはまあ似たようなものか、とファーレンハイトは頷いた。
その後は各艦隊の副司令官や分艦隊司令官も交えた打ち合わせとなった。この決戦に名を連ねた提督たちの名は、後々まで広く知られる事となる。
統合作戦本部直轄部隊、クブルスリー大将(旗艦ヘクトル)。
第5艦隊、アル・サレム中将(旗艦パラミデュース)、アラルコン少将(旗艦マルドゥーク)、ザーニアル少将(旗艦ペレノス)。
第7艦隊、カールセン中将(旗艦ディオメデス)、モートン中将(旗艦アキレウス)。
第13艦隊、アッテンボロー中将(旗艦トリグラフ)、グエン少将(旗艦マウリヤ)、メルカッツ名誉中将(旗艦シヴァ)。
このうち何人が生きて還り、何人が宇宙の藻屑となるのか、この時点では神ならぬ誰にも知るよしもない。
57 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/08/01 10:48
会議終了後、アイアースの艦内講堂にてささやかな酒宴が開かれた。シトレ主催のもので、決戦前の先勝祈願と訣別の宴を兼ねたものだった。その冒頭、それぞれが行った簡単なスピーチが残されている。
「この戦いが、祖国と人類の命運を決する最後の決戦となるだろう。
今更言うまでもないが各員の奮起を期待する。自由惑星同盟に神のご加護のあらんことを」(シトレ)
「長い軍隊生活の最後に、諸君と共に戦える事を心から誇りに思う。
宇宙艦隊司令長官としてではなく、一人の老兵として諸君に願うことは、善く戦うこと、
そして願わくば生きて還ることだ」(ビュコック)
「新しい時代が来るのだとすれば、それを見ないのはもったいない。
生きて帰ろう、その為に最大限知恵は絞るから」(ヤン)
「銀河の未来を賭けて、大軍を指揮する不世出の英雄に、寡兵を以て立ち向かうのはまさに武人の本懐と思う。
亡命者である私を受け入れてくれた諸君の為に、死力を尽くす事を誓う」(ファーレンハイト)
中でも人々を驚かせたのは、イゼルローンから届けられたパエッタからのメッセージだった。
「諸君の帰る場所は確保している。
鍵は開けておくから、夜中に帰ってきてもいいぞ。安心しろ、叱りはしない」
「・・・パエッタ提督も、すっかりイゼルローンに居着いてしまわれたようですね」
くすくす笑うフレデリカに、ヤンは大げさにため息をついてみせた。
「どうせ先輩あたりに毒されたんだろう。困ったものさ」
一応司令部スタッフを集めた酒宴だったため、この場にいる女性はフレデリカだけだった。制服姿ではあっても、天性の美貌は少しも損なわれてはいない。実際、彼女は席上非常にもてた。
「私はヤンととある約束をしているのだが、彼に果たす気があるのかどうかさっぱり分からん。一つ聞いてみてはくれんか」
上機嫌のシトレが声をかける。何のことか分からない彼女は首を傾げるだけだったが、慌てて飛んできたヤンの表情に何かを読み取ったらしく、さすがに赤くなって俯くしかなかった。
ビュコックやクブルスリーなど、父の縁で親しくしていた将官達も次々と声を掛けてくる。フレデリカはその相手に忙しかった。その合間に視線を巡らせると、壁際で何やら話し込んでいるファーレンハイトとメルカッツが目に付いた。
58 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/08/01 11:15
訥弁の二人が並んで話している風景は、何か親子が昔語りをしているようにも思えた。
しばらくしてお互いに帝国式の謹厳な敬礼を交わし、メルカッツがシュナイダーを伴って自室に引き取ると、フレデリカは残された白皙の提督に声を掛けてみることにした。
「・・・ああ、グリーンヒル少佐か」
何か物思いを巡らせていたらしいファーレンハイトは、その声に視線をあげると小さく頷いた。
「メルカッツ提督とお話されていましたね」
「ああ・・・お互い、随分とおかしな道を歩いてきたものだ、と」
フレデリカが差し出したワイングラスを受け取り、黙礼するとそのまま言葉を継ぐ。
「・・・何かが少し違っていれば、私やメルカッツ提督が帝国軍の旗の下、君たちと砲火を交えることも十分あり得たろう。それがこの有様だ、随分数奇なものだ」
「・・・後悔されているのですか?」
「いや、後悔などしていない。先ほど言った通りだ、武人として欣快の至りだと考えている」
「私は、閣下が味方で良かったと思っています。これ以上敵に名将が増えられては困ってしまいますわ」
その言葉に、ファーレンハイトは微笑した。
59 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/08/01 11:15
「お世辞でもそう言って貰えると嬉しいものだ」
「お世辞などではありません」
言いながら、静かに微笑んでいるこの男を、フレデリカは美しいと思った。
どう見ても、戦場での勇猛さが不似合いに思えてならない。
「・・・何か?」
視線を怪訝に思ったのか、首を傾げる。フレデリカは慌てて首を振った。
「いえ、何でもありません。ところで・・・閣下はご自分がおもてになること、ご存じでしたか?」
「・・・は?」
突然のことに、話についていけなかったらしい。きょとんとした顔の提督に、少々人の悪い笑顔を浮かべたフレデリカはたたみかけた。
「この間もキャゼルヌ夫人と話したのですが、イゼルローンでも指折りの美男子ではないか、と。女性士官の間でも人気なんですよ、閣下は」
「・・・考えたこともない」
ファーレンハイトは苦笑した。全く、考えたこともない。
「・・・少佐」
「はい」
「私は貴族とは名ばかりの、最下層の貧乏貴族の家に生まれた。
喰う為には軍人になるしかなかったから士官学校に入り、職業軍人になった。
性にあっていたのだろう、まずまず順調に出世もできたし、こうして世にも面白い人生を歩めている」
「・・・」
「しかし、考えてみればそれ以外には何もない人生だったような気もする。
見ての通り私は趣味も特にないし、恋人がいる訳でもまして家庭がある訳でもない。
ただ、軍隊での生活があっただけでしかない」
どう声を掛けたものか迷いながら、フレデリカはこの若い提督の独白を聞いている。
「先ほどメルカッツ提督とも話していたのだが、ヤン提督や君たちと過ごすようになって、今まで見てこなかった色々な物が見えるようになった気がする。ヤン提督やアッテンボロー提督など、実に豊かに人生を謳歌していると思う」
「・・・そうですね」
「もしこの戦いを生き抜く事ができたなら、私も少し生き方を変えてみようと思う・・・
ま、シェーンコップ少将やポプラン中佐の真似は出来そうにもないが」
小さく苦笑すると、ファーレンハイトは再び黙礼した。
60 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/08/01 15:46
それから程なく、ファーレンハイトは自らの旗艦レオニダスⅡに戻った。ガイエスブルグ脱出の時から座乗し続けたアースグリムは整備用の部品が確保できず、イゼルローンに置いてきた他の拿捕帝国艦船の共食い整備の為解体されている。
彼は、自らの副将としてつけられたモートン、カールセン両中将と最後の打ち合わせを行った。
「貴官らのような、実戦で鍛え上げられた勇将をつけて貰えたことに、心より感謝している」
自分よりも年上である二人の副将にそう頷きかけて、彼は自らの構想を披瀝した。
「我が艦隊は敵の防御を砕く破城槌であり、敵の陣営に打ち込まれる楔である。
故に、我らの戦いは速度と衝撃力を旨とし、速攻に次ぐ速攻で敵に主導権を与えぬ戦いに徹さなければならぬ」
両名が無言で頷く。ファーレンハイトも頷き返し、続ける。
「我が軍の作戦構想はいわゆる後の先である。
敵に先制させつつ、こちらの機となれば一挙に敵を痛撃し、破砕する。その構想の要が我々だ」
「その役目を、ビュコック提督とヤン提督がされるのですな」
「そうだ。つまり我々は、両提督が作り上げる戦機に際し、一刻も過たず斬り込まねばならない。前衛はカールセン提督、貴官に委ねる」
前線経験の長い勇将として知られるカールセンは、いかにも豪傑といった表情をほころばせた。
「光栄であります、司令官閣下」
「モートン提督、貴官には戦闘中の我が艦隊の運用全般を任せたい。
私が粘りを欠いたときなど、フォローしてくれると助かる」
「心得ております。これでも、劣勢下でのやりくりには自身がありますので」
かつて第9艦隊を生還させたその粘りはシトレやビュコック、ヤンも高く買っていた。それほどの男ならうまく助けてくれるだろう、とファーレンハイトは考えた。彼も、自分の欠点は承知しているつもりだった。
95 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/08/19 10:10
銀河帝国宰相ローエングラム侯ラインハルトがフェザーンを進発したのは、宇宙歴798年、帝国歴489年11月30日のことだった。当初の予定ではもう少し早いはずだったのだが、ルビンスキー派のテロが相次ぎその鎮圧に手間取ったのだった。
結局、憲兵総監ケスラー大将をオーディンから呼び寄せてようやく鎮圧に成功、若干の治安兵力も残さざるを得なくなった。
結果としてフェザーンを後にした帝国軍兵力は前衛4万、本隊3万5千の計7万5千である。この2群が、約1日の間隔を置いて出撃した。総旗艦ブリュンヒルトがフェザーンを離れたのは、翌1日の払暁だった。
回廊出口に配置していた無人偵察衛星によってこれを察知した同盟軍は即日ウルヴァシーを全力出撃した。兵力は5万3千。途中ランテマリオにて最終補給と艦艇整備を済ませた彼らは、迎撃地点をポレヴィト星域に設定した。ほぼ無人のこの辺境の星域が、決戦場として歴史に名を残すこととなる。
104 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/08/26 10:36
12月5日払暁。
帝国軍前衛部隊の最先鋒を務めるミッターマイヤー上級大将はのもとに、偵察機よりの報告がもたらされた。
・・・敵艦隊はポレヴィト星系外縁部に布陣しつつあり。兵力、およそ5万隻。
ミッターマイヤーからの報告は即座にキルヒアイスに転送され、更にラインハルトのもとに届けられた。
「・・・正々堂々、雌雄を決するというのか。よろしい」
その刹那のラインハルトの微笑こそ軍神の微笑みのようだった、と後に副官シュトライト少将は述懐する。
「敵前衛を確認・・・ミッターマイヤー提督の旗艦ベイオウルフを視認しました」
「前衛兵力は4万内外、続いて後衛が続航しています」
総旗艦アイアースの艦橋に、オペレータの声が低く響いている。
シトレは大きく身を乗り出すと、モニターの向こうのビュコックに微笑みかけた。
「決戦だな」
「そうですな。まさに決戦です」
ビュコックも笑い返してくる。ベレーをかぶり直し、老提督は敬礼した。
「この老骨、最後のご奉公といきますかな」
「何の、まだまだ頑張って貰わねばならん。この決戦で何もかも終わってしまう訳ではない」
「・・・そちらは若い連中に任せたいものですな」
苦笑。改めて敬礼する。
「・・・全軍の指揮権を委ねる、提督」
「全軍の指揮権を委譲されました・・・では、迎え撃ちましょうかの」
ちょっと孫の相手でもしてやるか、というような気楽な微笑を浮かべ、老提督は交信を終えた。
105 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/08/26 11:08
帝国軍前衛を指揮するキルヒアイスは正攻法を選択していた。古来、正攻法を選択したものが結局は勝つ場合がほとんどだ。
「奇策を弄する者は、往々にして最後の勝者たり得ませんから」
彼はそう説明したが、しかし正攻法と芸のない正面攻勢は全くイコールではない。彼は左翼にミッターマイヤーを配置して敵右翼を牽制させつつ、ルッツとワーレンをして敵左翼を叩かせた。
対する同盟軍は、正面にビュコックの第5艦隊、そのやや後背にヤン艦隊が位置していた。ファーレンハイトの第7艦隊はその更に背後に拘置されている。
まず先制してきたミッターマイヤーに対応したのはビュコックだった。これが本攻だという確証はないとは考えたが、しかし順次対応ではておくれになりかねない。そう判断した彼は、ザーニアル少将に右翼部隊を裂いて迎撃を命じた。その直後、敵右翼が攻勢を取ったが、これに対応はできないと即座に判断する。
・・・まあ、これはしのげるだろうて・・・。
手薄になっていた第5艦隊左翼にワーレンとルッツが取り付くが、そこに狙い澄ましたかのようなヤン艦隊の集中射が浴びせかけられる。
そのままヤンは艦隊左翼に延翼運動を指示、フィッシャーの代役を務めるマリノ准将とこういう仕事には慣れているアッテンボローがその指示を過不足無く実行し、分断−半包囲という彼らの十八番に持ち込みかけた。
106 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/08/26 11:09
「・・・いけませんね・・・」
しかしさすがにキルヒアイスだった。彼は危険を看破すると、シュタインメッツを前線に送って敵最左翼の延翼運動を遮らせ、ミッターマイヤーに対してはただ「適宜対処されたし」との指示だけを送る。
心得た、とばかりにミッターマイヤーは頷き、放胆にも敵前面で艦隊を旋回させるとそのままルッツらの救援に向かった。この離れ業に、ヤンらも嘆声をあげるしかない。
「・・・ミッターマイヤー提督、疾風の渾名は伊達ではないということか・・・」
第5艦隊の正面を横に突っ切りながらも素早い機動で被害を最小限に抑え、ルッツ・ワーレンの後退路を確保し、殿まで務めてミッターマイヤーは後退した。その芸術的なまでの艦隊運動の妙に、本隊のラインハルトよりすかさず褒賞の電文が送られる。
・・・只今ノ艦隊運動見事ナリ。
ミッターマイヤーは破顔したが、しかし一方で状況に厳しさも認識せざるを得ない。
「僅かでも隙を見せれば、途端に食い付いてくる。今までの敵とは訳が違うぞ・・・」
117 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/08/27 16:15
プロローグが終わり、第一幕の幕が上がる。
キルヒアイスは再び攻勢を取った。今度も主攻軸を右翼に取り、先鋒は再びミッターマイヤーに委ねる。しかしその布陣は重厚だった。中央では自らが戦線の主軸を張り、左翼にはワーレンを配置してその側面にルッツを拘置する。
古くはギリシアのエパミノンダスにまで由来を遡ることができる、堂々の斜線陣である。ミッターマイヤー指揮下にはシュタインメッツが入り、その後詰めを務める。
「・・・敵左翼の動きが少し鈍い。叩くならあそこです」
赤毛の勇将は、確かに戦場をよく見渡していた。
ビュコックは再びザーニアルをして迎撃に当たらせたが、今度の攻勢は前回より苛烈だった。
ヤンが再び右翼で攻勢防御に出るが、さすがにワーレンがそのねばり強さをよく発揮して容易に術中に落ちない。さらにその側面から展開したルッツがアッテンボローの前衛部隊を横合いから圧迫し、ヤンの前進を阻む。
「・・・全く、これじゃまともに動けやしない・・・!」
指揮卓に腰を降ろしたヤンは、表情をしかめて戦況を見つめる。
「さすがキルヒアイス提督だよ。こちらが何を仕掛けてくるのか、よく分かっている」
「・・・しかし、今のところ敵は兵力的に劣勢です」
とユリアン。しかしヤンは首を振った。
「いや、こちらが軽々しく動けないのもあちらにはお見通しさ。よしんば彼を倒しても、まだ後がある」
118 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/08/27 16:26
ほぼ同じ呟きを、ファーレンハイトも漏らしていた。
・・・敵は、我らが容易に動けぬことを知っているのだ。
ビュコックからの指示はない。全力を挙げて左翼への圧迫をしのごうとしている。
ヤンの牽制攻撃も、今のところワーレンがよくかわし効果を挙げていない。
「しかし・・・」
そうなのだ。後のことを考えて今を失えば、結局その後など妄想以外の何者でもないではないか。
・・・そんな馬鹿が出来るか。
彼は顔を上げると、さっと腕を振り上げた。
「我が艦隊はこれより攻勢に出る。配置は既定通り。全軍、前へ!」
ファーレンハイトのこの時の選択は、ある意味ひどく冷酷なものだった。
二者択一を迫られた彼は、躊躇無く片方を活かし片方を見捨てた。
もちろん、魏を囲んで趙を救う、との故事もある。しかしこの時の彼はそこまで考えていない。
歴戦の勇将カールセンを前衛に、第七艦隊は帝国軍左翼へ全面攻勢を掛けたのである。
得意の迂回からの横撃。ワーレンは対応できず、ルッツの援護も遅れた。
彼らは実際問題として、ヤンへの対応に忙殺されていた。
「ただ前進し、目の前の敵を撃砕せよ!」
その叱咤通り、彼の艦隊は帝国軍左翼を破砕していく。
119 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/08/27 16:32
「第七艦隊、独断で攻勢に入りました!」
オペレータの報告に、ビュコックは軽く首を振った。
・・・なるほど、いい判断だし、妥当な選択ではある・・・。
彼には、場合によってはあの若い帝国よりの亡命者が彼を捨て殺しにする気であることに気づいていた。
だからといって腹は立たない。
恐らく、彼がファーレンハイトであってもそうしただろうから。
しかしそれは口にして良い感慨ではない。
「よろしい、これで敵の攻勢は頓挫するじゃろう。粘り抜け、今はただ粘るしかないぞ」
ヤンもそれに気づいている。しかし、だからと言ってこの機を逃す訳にはいかなかった。
彼は再びアッテンボローに延翼運動を命じ、メルカッツにはその支援を依頼した。今度はこちらが金床になる番だった。
・・・第一幕は、なんとか勝てるかな?
彼は首を振った。最終幕の悲劇だけは御免だから。
144 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/09/02 11:42
キルヒアイスは二者択一を迫られていた。左翼を救うか、右翼を強化するか。
左翼のワーレン艦隊はファーレンハイトの苛烈な攻撃を受け、崩壊しかけていた。ルッツが懸命に支えようとしているが、本格的に戦闘を開始したヤンに阻まれ思うように動けない。
右翼のミッターマイヤーはビュコックの第5艦隊前衛と交戦しているが、ザーニアルだけでなくビュコック自らが主力を率いて督戦し始めるとさすがに簡単には抜けそうにもない。
さすがのキルヒアイスもしばし躊躇した。
彼を救ったのはミッターマイヤーだった。経験豊富な彼は主将の躊躇を素早く察知すると、即座に以下の電文を送った。
・・・小官麾下の部隊は士気益々旺盛につき支援の要無し。
この電文を受けたキルヒアイスは、ミッターマイヤーの配慮に感謝しつつ左翼に支援を振り向ける事を決意した。
145 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/09/02 11:55
この会戦序盤で顕著だったのは、同盟軍側の連携の見事さだった。ビュコック、ヤン、ファーレンハイトがそれぞれの立場でお互いに配慮し、有機的に連動した戦術機動をとり続けていた。後に内情を知ったラインハルトは、さすがに嘆声をもらしこう言ったと伝えられる。
・・・民主主義体制下の軍隊とはこういうものか。私は、強力な統率者がいるものとばかり思っていたが。
その更に後、こういうやり方は一歩間違えればただの烏合の衆にしかならず、これはかの三人なればこそ実現したものだ、と聞かされた彼は、さもありなんと頷くと共にこう語っている。
・・・しかし一面で用兵上の理想ではある。それを実現したというただ一点において、彼らはいかなる賛辞も受ける権利があろう。
キルヒアイスの主力が左翼を指向した事を見て取ると、ビュコックは麾下兵力に交戦しつつの後退を命じた。
無論、それは極めて困難な戦術機動ではあった。しかし彼は持ち前の粘りと統率力を遺憾なく発揮し、見事に秩序を保った後退を成し遂げた。ミッターマイヤーは敵の意図に気づきつつも、それに付き合うしかなかった。結果として彼はビュコックに足を取られ、拘束される羽目に陥っている。
一度はシュタインメッツを分離して左翼に振り向けようとも考えた彼だったが、結果としてこちらも断念した。ビュコックは片手で戦うには少々面倒すぎる相手だった。
146 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/09/02 12:06
ヤンはビュコックの動きを見て取ると、即座に次の判断を下した。
「まずは敵の左翼部隊を撃破し、次いで本隊と対峙する。タイミング勝負になるだろうけど、多分いけるだろう」
彼はまずメルカッツに一手を裂いてキルヒアイスの足止めを任せ、自らはワーレンを半包囲する構えを取った。
先ほどから翼側で戦場を駆け回っていたアッテンボローは、その最側面に位置する。ルッツを牽制する位置だ。そしてその正面から、文字通りファーレンハイトが全面攻撃を掛ける。キルヒアイスの来援までに敵を揉み潰す腹だった。
ヤンを金床に、ファーレンハイトをハンマーに見立てた一撃は、文字通りワーレン艦隊を粉砕した。
アウグスト・ザムエル・ワーレン大将戦死の報がキルヒアイスのもとにもたらされたのは、戦闘開始から約3時間後、午前8時47分のことである。
149 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/09/02 14:32
「・・・ワーレンが死んだか!」
その報を知らされたラインハルトは拳を握りしめると、憤りに任せて左の掌に打ち付けた。
乾いた音がブリュンヒルトの艦橋にこだまする。全員が息を呑む静寂の中、彼は瞑目すると早口に命じた。
「・・・ワーレン大将を二階級特進せしめ、元帥号を授与すると全軍に布告せよ」
「戦死を通達されるのですか?」
ブリュンヒルトに同乗しているロイエンタールが、控えめな声で確認する。
金髪の独裁者は大きく頷いた。
「当然だ。勇士の死は全軍に知らされるのが筋であろう」
「将兵の士気に影響が懸念されますが」
何を馬鹿な、とラインハルトは目を見開く。
「・・・それで士気を損なうような者は、我が軍旗の下に立つ資格はない」
それきりラインハルトは黙り込み、指揮座に体を沈めた。
・・・キルヒアイスが苦戦しているのは、味方と言うより敵の問題だ。いい動きをしている・・・。
しかし、ただ援軍に入ればいいというものでもない。
彼は歯を食いしばると、虚空の彼方の親友の為に祈る。
「・・・全ては私の責任です。ですが、今はそれを言っている場合でもない」
瞑目すると、キルヒアイスは戦線を再編すべく指示を下す。
ワーレン艦隊の残存兵力を何とか掻き集め、これをルッツと合流させる。
そうして増強したルッツ艦隊を自らの左翼に配置、敵と対する。
釣り込まれ突出した形となったミッターマイヤー艦隊は後退させ、右翼に置く。
「・・・一旦戦線を整理しなければどうにもなりません。
今の所、我々は敵にいいようにあしらわれています」
・・・さすがに簡単にはいかない・・・。
歯がゆさを感じつつ、キルヒアイスは敵陣を睨んだ。