【勝手に】銀河英雄伝説IF物語【妄想】@SF・FT・ホラー 適当にまとめ 〜264 ◆X4sTWrpuic氏の作品〜 vol.2

264 ◆X4sTWrpuic氏の作品

493 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/16 13:31
 落ち着いたようなので続きを。
 
 -------手抜きのあらすじ----------
 ついに始まった「要塞対要塞」の対決。
 ヤン不在のイゼルローンは艦隊指揮をファーレンハイトに委ねる。
 そして数回の小競り合いが行われ・・・。
 --------------------------------
 膠着した状況を打開すべく、ミュラーの進言を容れたケンプは艦隊出撃を許可した。
 ミュラー艦隊を要塞背後に展開させ、港湾を封鎖することで要塞の機動戦力を殺ごうというものだった。
「艦隊さえ封じ込めてしまえば、イゼルローンなど浮き砲台に過ぎぬ」
 ケンプは豪快に笑った。しかし哀しいかな、彼は気づいていない。
 自分の豪語の中に、問題を究極的に解決するヒントがあった事に。
 
 ミュラー艦隊出撃す、との報に要塞首脳部(というよりキャゼルヌ)は頭を抱えた。
「どうする。艦隊で迎撃すべきか、要塞をもって迎え撃つか」
「敵戦力が判然としない状況でこちらの艦隊を出撃させるのは危険ではないか」
 と主張したのはムライだった。
「出撃してきた敵は少数だが、要塞内にまだ兵力を控えてあるだろう。劣勢で決戦を強要されるのはまずい」
 彼の言い分には合理性は確かにある。しかし。
 ・・・ヤン提督が戻るまで、戦力に傷を付けたくない、か。艦隊温存主義の三分前だな。
 まぁ気持ちは分かるが。ファーレンハイトはおもむろに口を開いた。
「しかし要塞が要塞たる所以は、その攻防力と共に内部に抱えた機動戦力にこそある」
「それはそうだが・・・」
「自ら望んで機動力を封殺するような事態は避けたい。ケンプにも教えておいてよかろう、我らは要塞と艦隊の両腕で戦うのだ、ということを」
 恰幅のいい元撃墜王の勇姿を思い起こす。難敵ではあるが、不思議と負ける気はしない。
 ミラクル・ヤンの代役と考えれば荷が重いが、なに、そんなこと誰も期待してはおるまいし。
「では、貴官の意向は」
「そういうことだ、出撃するべきだ」
 ファーレンハイトは頷くと、傍らのアッテンボローに視線を向けた。
「同意する。切って出ておくのは損にはならんだろうよ」
「決まりだな」
 話を引き取るように、シェーンコップが頷いた。
 
 
494 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/16 13:44
 旗艦リューベックの艦橋正面、戦術スクリーンには出撃してくる敵艦隊の姿が映し出されていた。
「敵旗艦確認できません・・・」
 その中に名高いヤン・ウェンリーの旗艦ヒューベリオンの姿がない事に、ミュラーは自らの疑惑が膨らんでいく気がしている。
 ・・・ヤン・ウェンリーはここにはいないのではないのか?
 その彼の思考を破ったのは、オペレーターの甲高い叫びだった。
「陣形中央、指揮位置と思しき位置にいるのは・・・アースグリムです!」
「アースグリム?」
 そうだ。メルカッツやファーレンハイトがガイエスブルグから逃亡する際に奪取したという、特殊砲艦。
 という事は・・・。
 次の瞬間、更なる叫びがミュラーの耳を打った。
「敵艦隊、紡錘陣形に転換しつつ距離を詰めてきます!」
 
 同盟にもなかなか腕がいい奴がいる。自らの指示を過不足無く艦隊運用の指示に変え、艦艇の流れを捌いていくフィッシャーの手並みに、ファーレンハイトは感心している。
 要塞から出撃し、止まることなく移動しながら陣形を整形し敵中に突入する。難事だし、一つ間違えれば目も当てられない事になる。
 こんな芸当ができるのは、例の疾風ウォルフか俺くらいのものだろうが、それも付いてくる部下があってこそだ。
 
 ・・・メルカッツ提督ではない。この強引な速攻、これはファーレンハイト提督だ・・・!
 ミュラーが対応を指示し始めた時、既に艦隊前衛は交戦に入っている。
 後の先を取られた格好だった。うかつだったと言われれば、確かにそうだ。
 先ほどまではだんまりの一手だった相手が、まさかこうもいきなり積極策に出るとは!
「ええい、言い訳にもならん!」
 後退と陣形再編を指示しつつ、ミュラーは歯がみしていた。
 ・・・なんとぶざまな!
 
 
503 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/17 00:09
ミュラー艦隊、交戦に入りました」
「敵指揮官、恐らくファーレンハイト提督と思われます」
 要塞内でその報告を聞いた瞬間、ケンプは自らの血液が沸騰する音もまた聞いたような気がした。
 ・・・あの生っ白い小僧か!
 ケンプはこの男の事をよく覚えていた。三歳年下のこの男が士官学校を出たばかりの新米士官だった頃、既にケンプ自身はエースとして勇名を馳せていた。
 ・・・それなのに、まがりなりにも貴族というだけで士官学校に潜り込み、それが故に最初から奴は俺の上官だった。
 ・・・俺がいくら愛機にキルマークを書き加え、必死に昇進しても、奴はいつも俺より格上だった。
 ケンプとて、ファーレンハイトがただ貴族だから昇進した訳では無いことは分かっている。
 それどころか、ローエングラム侯が高く買う程の手腕を持っていることも知っている。
 しかし、しかし。
 俺より年下の癖に貴族であるが故に士官学校入りし。
 俺より早くローエングラム侯の知遇を得ながら大貴族どもにつき。
 そうでありながらローエングラム侯に手腕を評価され、同僚達にも勇名をもてはやされ。
 更にそうでありながら、事もあろうに亡命して叛徒の仲間入りし。
 ・・・奴は許せん!
 ケンプの、知らず知らずの対抗意識が、こうして相手が公然と敵として現れた瞬間に、炎を上げて燃え上がった。
「艦隊の出動用意を!フーセネガー、要塞指揮は卿に任せる!」
 旗艦ヨーツンハイムの桟橋に向かいながら、ケンプは自らの闘志のたぎりを抑えかねていた。
 
 
505 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/17 00:21
 一方、ミュラーはじりじり後退しながらも追撃してくる敵を振り切れず、苦戦を続けていた。
 ・・・いかん、いかん!まるで相手のペースで踊らされているではないか!
 彼は拳を握りしめると、キッとスクリーンを見上げた。
 ・・・かなわぬまでも踏みとどまり、友軍の来援まで敵を拘束しよう。
 ケンプに助けを乞うのもしゃくではあったが、しかしそんなことを言っている場合ではない。
 
 ミュラー艦隊が後退を停止して踏みとどまる構えを見せたところで、ファーレンハイトは顎に手をやった。
 ・・・さて、どうする。
 答えは最初から分かっている。あれはケンプの来援を待つつもりなのだろう。
 接敵した最初からそこに考えが至らなかったところがミュラーの若さだろうし、途中で気づいて踏みとどまる胆力を見せたところはまた非凡な点だ。
 敵と自分、そしてガイエスブルグの距離を勘案する。来援までにミュラーをもう少々いたぶる事も出来るだろう。
 そこへ、メルカッツからの通信が入った。
「撤退しろ、ですと?」
 そうだ、とモニターの向こうの宿将は言った。
「まずは敵に一撃入れた、それで当初の目的は達した。それ以上は欲張らぬことだ」
 それは、と反論しそうになり、ファーレンハイトは頭をかいた。
 ・・・いかんいかん、知らぬうちに熱くなっていたのか?
 彼は気を取り直すと、諒解した、と返信した。
 
 かくして、ミュラー艦隊が阻止陣形に艦隊を再編している隙をついた要塞機動艦隊はさっさと要塞内に引き揚げた。
 殿軍を勤めるアッテンボロー分艦隊は慌てて追撃してくるミュラーを適当にあしらいつつ、最小限の損害で撤退に成功している。
 
 
507 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/17 09:29
 淡々と続けています・・・。
 --------------------------
 急な撤退指示と言えばそうだった。もちろん、種はある。
 
 ファーレンハイトミュラーを追撃していた頃、イゼルローン要塞司令室ではメルカッツが眠そうな顔をしてスクリーンを眺めていた。
 つきあいの短いアンスバッハや、更に短いヤン・ファミリーにはともかく、副官たるシュナイダーには、それが彼が何か思案している事を示すとよく分かっている。
「これは勝てそうだな」
「さすがは勇将と名を馳せた男だけはある。見事なものだ」
 キャゼルヌやムライは上機嫌のようだったが、そうも老将はそう簡単に見ている訳でも無いらしい。それに気づいたか、先ほどからシェーンコップだけが人の悪そうな微笑を浮かべてこちらを見ていた。
 そして、やおらメルカッツは口を開いた。
「頃合いですな」
「頃合い?」
 うむ、とメルカッツは頷いた。
「十分目的は果たしました。これ以上の深追いは避けるべきかと」
「援軍が要塞から出てくる、と?」
「それもありますが・・・ここは勝ちすぎぬことが肝要ですな」
「勝ちすぎない?」
 首を傾げるキャゼルヌ。続きを引き取ったのはシェーンコップだった。
 ・・・さすが、喰えない爺さんだ。
「つまり主演抜きでのクライマックスはよろしくない、ということですかな?」
「左様。ヤン提督の立場を考えれば、ここは簡単に勝たぬ方がよろしい」
 あっ、と一同は息を呑む。
 
「つまりヤン提督の価値を損なうような真似はしないべきだ、と」
 桟橋でメルカッツの出迎えを受けたファーレンハイトアッテンボローは、老将の思慮に舌を巻いた。
「そういう事だな。イゼルローン回廊はヤン・ウェンリーあってこそ金城湯池たり得る・・・そういう事にしておくべきだ」
「なるほど、しかし大したもんですな。提督はハイネセンの政治業者どものことまでよくご存じだ」
「ここに辿り着くまでの間、色々と勉強もしてきた。それにこういった小細工は貴族相手の頃とさして変わらんよ」
 表情を変えることなくメルカッツはそう言った。
 これが彼にしては最大限の軽口だったらしいことに、二人はしばらく気づかなかった。
 
 
515 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/20 12:19
 一方、ガイエスブルグ要塞の軍港では、ミュラーの厄日はまだ終わっていなかった。
 
「・・・卿が如き未練卑怯な者が将官とあっては、もはや帝国軍の恥でしかない!卿の戦い振りがどれだけ我が軍の威信を損ねたか、分かっておるのか?」
 ケンプの叱責は延々と続いていた。これが司令室かどこかでのものならまだ救いはあったが、帰還直後に艦から降りてすぐ、待ちかまえていたケンプに捕まったからたまらない。
 フーセネガー参謀長以下要塞首脳やケンプの幕僚、ミュラー自身の部下の目の前での罵倒に、彼は必死で耐えていた。
「ええい、何か言うべき事は無いのか!」
 あるわけがない。ミュラーはうつむくだけだった。
 確かに後の先を取られ、不本意な戦いだった。反撃に転じようとした矢先に敵には逃げられた。
 しかし、あの態勢で被害を抑え、それなりのことはやったつもりではある。だが。
「・・・もういい!卿の顔など、もう見たくもない!さっさとオーディンへ帰れ!」
 ケンプの叫びがミュラーの耳を打つ。彼は思わず顔を上げた。
「そ、それは小官を馘首するということですか」
「ついに耳までおかしくなったのか?それ以外どう聞こえるというのだ!卿は我が部下たるに値しない、さっさと失せろ!」
「・・・なんと・・・」
「閣下、それは余りにもご無体です。ミュラー提督はローエングラム公が副将として派遣された立場、それを勝手に更迭するのは越権行為とみなされかねません!」
 さすがにフーセネガーが助け船を出すが、しかしケンプはそれをも一蹴した。
「この要塞と艦隊の指揮権は私にある!不甲斐ない副将は更迭せねば、全軍の統率を損なうではないか!」
「ですが閣下!」
「・・・もういい」
 ミュラーは小声でそう呟くと、彼のために反論してくれているフーセネガーの肩を叩いた。
「私の失態は失態だ。閣下の指示に従おう」
「・・・」
 足音も高く歩み去るケンプの後ろ姿を睨みながら、ミュラーは視界が暗く絶望に染まっていく気がしていた。
 
 
516 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/20 12:20
 数時間後、ミュラーの旗艦リューベックは出航準備を終えていた。
「・・・帰ろう、オーディンへ」
 彼が旗艦と直属艦隊に指示を出そうとした矢先、スクリーンに通信が入った。見覚えのある、若い将官だった。
「トゥルナイゼン少将であります、閣下」
 ああ、そういう名だった。ミュラーは疲労を感じながら答礼する。そう、ケンプの部下にそんな奴がいたな。
「今からオーディンへ帰還する所だが、何か」
「承知しております。ついては、帰還は閣下と旗艦のみで、との総司令官閣下のご命令を伝達致します」
「・・・どういう、意味だ?」
「言葉通りです。閣下の艦隊は要塞に残り、ケンプ総司令官閣下の指揮下に入ります。
 恐らく小官が暫定的に指揮を執る事になるでしょう」
 無表情に語る若い将官の姿に、溜まりに溜まっていたミュラーの怒りは暴発しかける。
「何を馬鹿な!この艦隊は、元帥閣下から与えられた私の直属艦隊だ!それをどうこうする権限が、一方面司令官にあろうものか!」
「しかし閣下はケンプ総司令官閣下の指揮下に組み込まれました」
「その私を更迭したのも閣下ではないか!」
「更迭したのはミュラー閣下個人であって、艦隊にまで帰還命令は出ておりません」
「・・・・くっ・・・!」
 反論する余地はいくらでもあるはずだった。この小生意気な少将とねじ伏せる事もできたろう。
 しかし、ミュラーはもうその気力も失いかけていた。がっくりと指揮座に体を沈めると、諦めたように手を振った。
「・・・諒解した」
「ご配慮、感謝します」
 一方的に通信が切れる。
 ミュラーは思わず顔を覆った。あまりの惨めさに、泣けるものなら泣きたい気分だった。
 
 かくしてミュラーはその旗艦リューベックのみを率い、寂しく戦場を去った。
 
 
517 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/20 14:39
 カール・ロベルト・シュタインメッツ中将がその艦隊と共に辺境を巡察していたのは、ミュラーと帝国軍にとって僥倖というものだったろう。
 先行するピケット艦が単独で航行するリューベックを確認した時、この慎重な提督はまずそれが敵の謀略では無かろうかと考えた。しかし、そのまま普通に艦隊と合流したリューベックの様子には特に不審な点もない。
 何事かを察したシュタインメッツは、ミュラーを自らの旗艦フォンケルに招くことにした。
 
 ミュラーは憔悴しきっていた。
 快活だった筈の表情は暗く沈んでおり、頬はこけ、視線には力がない。
「一体どうしたのだ、ミュラー提督」
「・・・」
 ミュラーが切れ切れに事の顛末を話す。シュタインメッツは無表情のままそれを聞いていたが、内心では頭を抱えている。
 ・・・ケンプの馬鹿め、何を逸っているのだ・・・。
 関係各所に連絡しなかったのは恥をさらすようで嫌だったのだ、と説明するミュラーを彼は押しとどめた。
「もういい。事情はよく分かった、卿の気持ちはよく分かる」
 
  
518 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/20 14:40
「申し訳ない・・・」
「全く、ケンプ提督は何を焦っているのだろう。私が聞いた限りでは、元帥閣下のご指示は橋頭堡の確保と可能な場合における出戦だったはず。
 このような無理な攻勢は指示にないのではないか」
「それはそうなのだが、副将の立場では止める訳にもいかず・・・」
「しかも相手はあの奇術師、それにメルカッツやファーレンハイトも付いているのだろう?慎重に事を運んで然るべきではないか」
 シュタインメッツは何やら思案している風情だったが、不意に副官に筆記用具を持ってこさせると達者な筆跡で何か書き、それを封筒に入れてミュラーに手渡した。
「これは?」
オーディンに戻ったら、機会を見つけてキルヒアイス提督に面会してこれを渡すといい。事情を私なりに説明しておいた」
キルヒアイス元帥に?」
「もう随分快復されたと聞いている。きっと取りなしてくれるだろう」
「しかし・・・」
 取りなして貰うというのもどうも、と口を濁すと、シュタインメッツは怒ったように首を振った。
「勘違いしないで貰いたい。私は別に卿を助けようというのではない、卿の才覚が惜しいと言っているだけだ。一度の失敗で処断すれば、後で必ずや後悔する」
「・・・そういうことでしたら」
 ミュラーは封書を押し頂くように受け取った。
 
 多少気を取り直したミュラーを乗せたリューベックオーディン中央軍港にたどりついたのは、そのしばらく後の事だった。
 宇宙港の桟橋で彼を出迎えたのは、いまだ傷が完全に癒えない私服姿のジークフリード・キルヒアイス元帥と、彼に影のように寄り添う金髪の美女だった。
 
 
522 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/20 22:01
 ミュラーは出迎えに恐懼するしかない。
「こ、これは・・・敗軍の将に、元帥閣下・・・それに伯爵夫人のお出迎えまで・・・」
 キルヒアイスの傍らに立つグリューネワルト伯爵夫人アンネローゼは、控えめな微笑みを傷心の若い大将に向けた。
「申し訳ありません、ミュラー提督。ですがどうしてもジ・・・いえ、キルヒアイス元帥が閣下を出迎えるとおっしゃるものですから、わたくしもお供しないと、と」
「いえ、その・・・アンネローゼ様には、私の傷が癒えるまでお世話を頂いておりまして」
「・・・え、ええ。ラインハルトに頼まれて、こうして・・・」
 ・・・噂は本当だったか。
 宰相の姉君と赤毛の元帥は相思相愛である、との噂はミュラーも聞いたことがあった。
 瀕死の重傷を負ったキルヒアイスの看病を、宰相はその姉君にしかさせなかったという話も。
 まぁそれはそれで、と思い直したミュラーは、封筒を取り出すと赤毛の元帥に渡した。一読したキルヒアイスは、彼を車の後部座席に乗るよううながす。
「とにかく、お話をお聞きしましょう。私の私邸なら問題はないはずです、提督」
 
 
524 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/20 22:15
「・・・そうでしたか。ご苦労様でした」
 アンネローゼはお茶菓子の準備だとかでキッチンに下がっていた。それが彼女に気配りだと察したミュラーは、早口に事情を説明していた。
 キルヒアイスは困惑したような表情を浮かべている。
ヤン・ウェンリーを逃がしたのが罪だというのなら、私もアムリッツァの前哨戦で彼を取り逃がしています」
「いえ、あれは」
ファーレンハイト提督だった、と言うのでしょう?」
 キルヒアイスは、あの水色の瞳をした白皙の勇将の姿を思い起こしている。
 ・・・私やラインハルト様に近しい人の思えたものだ・・・。
「同じ事です。私が提督と同じ立場だったとて、よりうまくやれたとは思いがたい」
 アンネローゼがお茶のセットを抱えて戻ってくる。黙ったままそれを手に取ったキルヒアイスは、済まなさそうに首を振ると彼女に視線を向けた。
「アンネローゼ様、どうやら私もいつまでも休んでいられないようです」
「・・・」
「今からラインハルト様の所へ行ってきます。そのまま出征、ということになるかも知れません」
「そ、それは!」
 ミュラーは一瞬でキルヒアイスの意図を察している。しかし、この若者はいまだ・・・!
「いえ、ケンプ提督の顔を潰さずに指揮権を奪うには、私が行くしかないでしょう」
「ですが・・・」
「なに、実務は他の方にやって頂きますよ。ロイエンタール提督を借りようか、と考えていますから。私はバルバロッサの艦橋で昼寝でもしていますよ」
 ラインハルト自らが行っても、ミッターマイヤーやロイエンタールが行っても、ケンプは傷つくだろう。しかし宰相の寵臣たるキルヒアイスなら、自尊心も傷つかずに済む。
 しかし・・・それでは。
「それでは、閣下の名に傷が・・・」
 リハビリがてらの功名としてラインハルトがキルヒアイスに指揮権を与える。そういうシナリオなら、ケンプも他の者も傷つかずに済む。
 ただ、キルヒアイスを除いては。宰相の寵愛を一身に集める赤毛の元帥が、また依怙贔屓を・・・と口さがない者は言うだろう。
「いいんですよ。分かる方に分かって頂けていれば、それで構いません」
 ミュラーの困惑を察したかのように、キルヒアイスは微笑む。
「さ、行きましょう。時間がありません」
 
 
527 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/21 11:17
 受けたみたいで嬉しいです。ジークとミュラーはどことなくキャラが被るので、組ませると面白いかな、と。
 
 ------------------------------
 ジークフリード・キルヒアイスは人望の人と言われるが、それは一面的な見方でしかない。
 彼は確かに人望家だったが、それは彼の努力の賜物だった。根回しなど全くしない主君の 陰にあって、どれだけそういう面倒な雑事をこなしてきたか、想像するに余りある。
 ・・・ミュラーはリムジンの中でそんなことを考えていた。
 元帥府に向かう道すがら、リムジンに乗ったキルヒアイスは次々に電話を掛けている。既に根回しを始めているらしかった。
「・・・はい、はい、それで結構です。では私のオフィスに資料を回しておいて下さい。はい、感謝します」
 電話を切るや、また別の所へ。大したもんだ、とミュラーはただ感心している。今度の相手はミッターマイヤーのようだった。
「ええ、そうです。あはは・・・ええ、大丈夫ですよ。それで先ほどの件ですが・・・そうですか、良かった。お願いします、では後ほど」
 それでようやく終わりのようだった。赤毛の元帥は一つ息をつくと、ミュラーに視線を向ける。
「ミッターマイヤー提督の了承は取れました。彼からもロイエンタール提督に働きかけてくれるそうです」
「・・・なるほど」
「私から直接頼むよりもその方がいいと思いました。後はラインハルト様の決定一つ、ですね」
 ・・・このお人が生き延びる事が出来たのは僥倖だ。
 ミュラーは嘆息した。
 ・・・キルヒアイス元帥があって始めてローエングラム陣営はバランスが取れる。この方は生きた緩衝材であり、潤滑剤だ。しかも無双の名将であり、私心も無い・・・天はとんでもない人物を下し給うたものだ。
 
 
534 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/22 13:13
 ローエングラム元帥府の壮麗な玄関には、その主たる金髪の宰相が待っていた。
 無論ミュラーを待っているのではない。赤毛の友を待っていたのだった。
 
キルヒアイス、もう大丈夫なのか。姉上から知らせがあった時は驚いたぞ」
 優しく肩を叩く。キルヒアイスは小さくうなずく。
「はい、それにもうのんびり療養している段ではありませんから。そろそろ職務に戻らないと勘も鈍りますし」
「そうか、ならもう何も言うまい」
 言葉を切り、ミュラーに視線を向ける。それは友へのものとはうって変わって、鋭利なものだった。
「一つだけ聞こう、ミュラー提督」
「はっ」
キルヒアイス元帥を頼ったのは卿の判断か、それとも誰かの入れ知恵によるものか?入れ知恵したとすれば、それは誰か?」
「・・・」
 ミュラーは言葉に詰まる。シュタインメッツの名を出せば、恩人とも言うべき先輩の顔を潰す事になりはしないか・・・。
「・・・その分では、卿に忠告した者がいるようだな」
 固まってしまったミュラーを一別すると、ラインハルトは穏やかに微笑した。
「もう良い。それから、そういう忠告をしてくれる友人は大切にすることだ。卿は懇意にしてくれる知人に恵まれている、それを忘れるな」
 ・・・赦された?
「は、肝に銘じます」
「では細かい話は中で聞こう」
 胸をなで下ろすミュラーに、キルヒアイスは小さく頷いてみせた。
 
 
535 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/22 13:25
「・・・なるほどな。してやられた訳だ」
 ミュラーからの報告を聞き終えたラインハルトはおかしそうに笑った。
「卿からの報告そのものには満足した。卿の言葉には虚飾も、取り繕いも無い。自分の失態を直截に報告できる率直さは評価に値する」
「・・・痛み入ります。しかし」
「そうだ。敗北は敗北だな」
 金髪の宰相は、そのやや癖のある前髪をごく優雅にかきあげる。
「ではこの敗北を糧とし、次回は雪辱を果たすが良かろう。勝敗は兵家の常という、今後の卿の働きに期待しよう」
 事実上お咎め無し、ということのようだった。明らかにほっとした様子のミュラーに頷き掛けると、ラインハルトは言葉を継ぐ。
「ではミュラー提督、直ちに麾下兵力を率いてガイエスブルグへ戻り、従来と同じくケンプを補佐せよ」
 ミュラーは思わずキルヒアイスに視線を向ける。キルヒアイスは頷くと、ラインハルトに視線を向けた。
「お言葉ですが閣下、ミュラー提督に麾下兵力はありません。提督は単独でオーディンに帰還しています」
「どういう事だ?戦闘での損失は僅かな筈ではないか」
「ケンプ提督の命令によります。兵力を引き渡し、単独で帰還せよ、と」
「・・・なに?」
 ラインハルトの表情が変わる。それは明らかに嚇怒の前兆だった。
「ケンプは何を血迷っているのだ!ミュラーの艦隊は帝国軍最高司令官たる私の命令で、ミュラー個人に配属したものだ。それをどうこうする権限など、奴にやった覚えは無いぞ!」
「お待ちください、閣下」
 キルヒアイスの声はあくまで冷静だ。
「ケンプ提督としては、艦隊ごとミュラー提督に去られては兵力的に劣勢になるとの懸念があったのでしょう」
「ではミュラーに帰還など命じなければ良いではないか。そもそもミュラーの失敗が更迭と帰還命令に値するほどのものか?」
「ええ、仰るとおりです。確かにケンプ提督の行為は越権行為ですが、それでも悪意からのものとも言い切れません。前線指揮官の判断はある程度は尊重するべきです」
「・・・キルヒアイス、お前はどうしてそう誰にでも優しいのだ」
 毒気を抜かれたような風情で、ラインハルトは首を振った。紅茶を手に取り、口を付ける。
 
 
536 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/22 13:46
「・・・まあ良い。済んだことだ、考えるべきは今後のことだが・・・」
 キルヒアイスミュラーと順に眺め回したラインハルトは、しばらく思案しているようだった。
 そこへ従卒が来客を告げる。ロイエンタール上級大将が伺候に参られました、と。
 
「そうか、では状況はほぼ了解しているのだな」
 キルヒアイスからミッターマイヤーに連絡が行き、さらにロイエンタールに話が行ったのだ、という報告をキルヒアイス自身から聞いたラインハルトは、それがごく当然のように頷いた。
 ・・・ふつうなら、こういう露骨な根回しは嫌われかねないのだが。
 ミュラーは今更ながら、二人の絆に目を見張っている。
 ・・・ローエングラム閣下は、キルヒアイス閣下の動きをごく当然のこととして受け止めておられる。自分の為に最善のことをしているのだと、信頼しきっているのだろう・・・。
「では卿に問おう。このままケンプに作戦指揮を任せていて良いものか」
「率直に言って甚だ危険かと思われます、元帥閣下」
 ロイエンタールは即答した。
「ケンプ提督個人の能力はこの際問いませんが、問題は彼の焦りです。
 功名を立てようとの決意は誉むべきでしょうが、少々功に逸る様子が、ミュラー提督の件にも伺えるかと」
「それが危険だと言うのだな」
「はい。そうした僅かな隙に乗じるのが、あのペテン師の常套手段ですから」
ヤン・ウェンリーか・・・」
 
 
537 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/22 13:47
 では私が行こう、と言い出しかねないと思ったらしい。キルヒアイスがすかざず口を開いた。
「それでは閣下、私が援軍として参りましょう」
「お前が・・・?まだ完全に傷が癒えてはおるまい」
「あくまで私は名代です。実際の指揮運用はロイエンタール提督にお願いしようかと考えますが」
 それでラインハルトは全てを見抜いたようだった。
「・・・そうか。私が行けば、ケンプは自決しかねぬか」
「おそらくは。小官単独で行けば、今度はいらぬ角も立ち軋轢も生じましょう」
 とロイエンタール。ラインハルトはまだ迷っているようだったが、しばらく黙考した後大きく頷いた。
「・・・そうだな、それが最も適当だろう。ではキルヒアイス、苦労だがガイエスブルグへ出向き、ケンプの後詰めに入ってくれ」
「承りました」
ロイエンタール・・・何分キルヒアイスは病み上がりの身だ。宜しく頼む」
「心得ております」
ミュラー、今度は勝利を期待しているぞ」
「はっ」
「よろしい」
 金髪の独裁者は勢いよく立ち上がる。
「無理にイゼルローンを落とす必要はない。作戦目的は当初と同じく、橋頭堡の確保にある・・・目先の功績に逸ってはならぬ。今更、卿たちに言うべき事でもなかろうが」
 
 かくして、キルヒアイス元帥率いる援軍がオーディンを出撃することとなった。
 副将ロイエンタール上級大将、更にミュラー大将を擁するこの艦隊の兵力は3万5千に達する。
 
 
541 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/22 21:47
 さて、時間はいくらか遡る。
 ミュラーが悄然と去って後、ガイエスブルグでは改めて作戦会議が開かれていた。
 
「・・・」
 ケンプはむっつりと押し黙っている。
 目の前では積極的な出戦を主張するトゥルナイゼンと持久策を唱えるフーセネガーが言い争っている。それを眺めながら、ケンプは苦々しい思いを噛みしめていた。
 ・・・早まったか・・・。
 無論、ミュラーに対して怒りを覚えていたのは事実だった。しかしファーレンハイトを叩くべく出撃しようとした矢先にミュラーが引き揚げてきたのだから、もって行き場のない憤りがミュラーに向いてしまったのは否めない。
 その彼の思いを知ってか知らずか、景気よくミュラー批判を繰り広げたのがトゥルナイゼンだった。その高拍子振りはフーセネガー当たりを鼻白ませるほどだったが、ミュラーや幕僚達の慎重さに飽き足りないケンプには好ましく思えた。
 ・・・それで、これだ。
 ミュラーの指揮権を剥奪し謹慎させようと考えたのはケンプ本人だった。しかしそれすら手緩い、とトゥルナイゼンは唱えた。いっそのこと・・・。
「だいたい、卿が耳障りの良い事ばかり並べたのがいかんのだ。ミュラー提督に帰還命令を出したのは大間違いだったのだ」
 いつもは冷静で温厚なフーセネガーだったが、続く議論にエキサイトしてきたらしい。声が大きくなっている。
「帰還したミュラー提督の口から状況が宰相閣下の耳に入ったらどうなる!」
「これはこれは、参謀長殿はミュラー提督が我らを讒訴すると仰るのか」
「口を慎め、青二才!」
 顔を真っ赤にする参謀長。
「誰もそんなことは言っていない!ミュラー提督の艦隊を奪ったこと、それだけでも十分越権行為の嫌疑を持たれて然るべきではないか!」
「しかし、ここの兵力を削る訳には行かなかった、参謀長殿もそれは認めたではないですか!」
「私はミュラー提督を罰することそのものに反対したのだ!
 事がオーディンに知れればどのようなことになるか・・・!」
 
 
542 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/22 21:48
「もういい、参謀長」
 ケンプは大声を張り上げた。参謀長の言うのは正論だったが、それが自分を糾弾しているようで彼には耐えられなかったのだ。
ミュラーオーディンに戻るまでに勝利を得ておれば問題は無かろう」
「その通りです、閣下」
 とトゥルナイゼン。ケンプはそちらにも怒声を向ける。
「やかましい!卿に感想など聞いておらぬ、卿も少しは口を慎まんか!」
「・・・!」
「では、積極策ということですか、閣下」
 フーセネガーが言った。その声が何か疲れているように聞こえる事そのものが、ケンプの神経を逆なでする。
「その通りだ。どの道我らに選択肢はない・・・敵艦隊を誘い出して決戦を強い、以て機動戦力を削ぐ。機動戦力を失った要塞など、黙っていても陥ちるだろう」
「しかし、そんな手がありましょうや」
「ある」
 ケンプは断言する。
 その後彼が説明した作戦内容は、さすがに彼が武勲の数々で大将にまで登り詰めただけのことはある、と周囲に示すものだった。
 
 
551 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/23 22:36
 一方、イゼルローンは吉報に沸き返っていた。
 ・・・魔術師、還る!
 イゼルローン回廊に帝国軍侵攻、ファーレンハイト提督ら奮戦中なれど苦戦しつつあり、との報はハイネセンの政治業者どもの思惑など吹き飛ばし、ヤンは晴れてイゼルローンへ帰還することになった。
 しかも当初予定されていた寄せ集めの警備艦隊5000隻余だけでなく、第1艦隊から抽出した兵力も加え1万隻余の艦隊を率いて戻るという。
「パエッタ提督は自らイゼルローンに移ると言ったが、さすがに政治屋どもがそれを認めなかったらしい」
 とキャゼルヌ。彼がかつてアスターテで手合わせした敵将だと言うことを、メルカッツとファーレンハイトは知らされている。
 ・・・これで勝てる!
 要塞は沸き返っていた。それを目の当たりにしながら、ファーレンハイトは眩むような感覚を覚えている。
 ・・・ヤン・ウェンリーというのはそういう男なのだ。
 本人がどう思おうと、周囲は彼をカリスマとせずにはおかない。
「ヤン提督が戻るまで敵をあしらい続けていればいい。
 単純に想定される敵兵力よりも数で上回ることもできる」
 ムライもさすがに喜色を隠せないようだったが、ファーレンハイトはそれに危うさを感じる。
 ・・・ヤン提督にカリスマ的な人望があるのはいい。しかし、唯一無二に頼る軍隊というものも健全ではあるまい。
 メルカッツにもそういう危惧は伝えてあった。しかし老提督は首を振ったのだ。
「それでもいいではないか。我らは外様に過ぎぬ、必要以上に目立ってもいかぬだろう」
 まぁそうなのかも知れぬが、万一ヤンに何かあった場合を考えれば、イゼルローンのヤン一党というのは組織として脆弱に過ぎるのではないか?
 そこまで物思いを巡らせたところで、彼の意識は現実に引き戻された。
 ガイエスブルグから敵艦隊が大挙して出撃した、そう報告は告げていた。
 
 
553 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/25 11:00
 種を明かせば簡単なことだった。よくできた作戦というものは往々にして単純なものだ。
 トゥルナイゼン率いる旧ミュラー艦隊でイゼルローンの左翼方面を牽制しつつ、ケンプ直率の主力はイゼルローンの右翼へ回りそのまま回廊を突っ切っていく。
 ガイエスブルグはイゼルローンとの距離を保ち、お互いの要塞砲を封じる。
「つまり、奴らが穴蔵のなかで引きこもりを決め込むなら、我らは敵領内を好き放題に荒らし回ってやるまでのことだ」
 ケンプはそう豪語する。芸がない作戦のようにも思われたが、ガイエスブルグという要素を計算に入れれば十分嫌らしい策だ。
「我らを領内に入れたくなければ要塞を出て迎撃するしかない。
 我らの退路を断って敵領内に孤立させたくても、ガイエスブルグがある限りそれも困難・・・ということですな」
「その通りだ参謀長。ガイエスブルグという橋頭堡を同一回廊内に持ち込まれた時点で、イゼルローンの戦略的価値は半減しているのだ」
 さすがに一介の戦闘機乗りから叩き上げてきたお人だ、とフーセネガーはこのときばかりは感心した。
 実はラインハルトあたりは最初からそう考えていたのだが、彼らはようやくそこに気づいていたのだ。
 敵が迎撃に出てくればしめたもの、トゥルナイゼンがまず敵を拘束して遅滞しつつガイエスブルグ方面へ誘導し、とって返した主力と挟撃して始末すればよい。万一ケンプが間に合わなくても、ガイエスブルグを楯にすれば大怪我はしない。
 攻勢と守勢のいいとこ取りというプランは確かに非凡なものだった。
 
 
554 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/25 11:01
 しかし、この作戦がイゼルローン首脳部を動揺させた理由は、全てケンプの策中から出たものではなかった。
 彼の全く与り知らない角度で、彼の策は敵を深刻な動揺に追い込んでいたのだった。皮肉といえば皮肉な話だった。
 ・・・帝国軍はヤン提督を迎撃する気なのだ。
「しかしヤン提督の回廊到着はまだしばらく先ではないか」
「さればこそ、だ。
 イゼルローンから距離を置いてヤン提督と交戦状態に入れば、我らが援軍に出ようにも間に合わない」
「では即座に出撃して敵を追撃しなければ」
 そうした議論を聞きながら、メルカッツはまたしても眠そうに腕組みしている。
 ・・・どうなのだろう?ケンプがヤン提督の来援を知っている、と決めてかかるのはどんなものか・・・。
 隣に座っていたファーレンハイトが彼の肘をつつき、小声で耳打ちする。
「ケンプがそこまで器用な真似をするとは思えないのですがね」
「・・・わしも同感だが」
 ええ、と頷いたものの、ファーレンハイトはそのまま首を傾げる。
「ですが、そうは言っても我らが困った状況にあるのは同じですか」
「そういうことだな。敵の意図以上に、我らは追い込まれているらしい」
 
 
556 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/27 10:46
 熟慮の末、要塞駐留機動艦隊司令官代行ファーレンハイト少将は口を開いた。
「好むと好まざるとに関わらず、やはり敵艦隊を阻止しなければなるまい。全力出撃が妥当だ」
「ヤン提督の帰還前にそこまで大規模な行動を起こすというのはいかがなものか」
 一同を代表するようにムライが言う。この男、わざとやっているな、とファーレンハイトは思った。
「ヤン提督がいようがいまいが、敵はそんなことを斟酌しはしない。
 ここにこうして要塞があり、艦隊が駐留している。敵がその前を素通りして領内に攻め入ろうとしている。これを阻止しないで何が要塞か、何が宇宙艦隊か」
「なるほどな、そういう考えもあるか・・・いかんね、どうも俺たちはヤン提督の幻影に縋りすぎのようだ」
 軍用ベレーを指先でくるくる回しながらアッテンボローが独り言のように言う。
「ヤン提督の事は置いておくとしても、これは国境防衛上の危機だ。これを放置していては要塞と駐留艦隊の存在意義を問われる。そういうことだな」
「そういうことだ」
 ばん、とアッテンボローが机を叩く。
「俺はファーレンハイト提督の意見に賛同する。ここはやるしかない」
 一瞬の沈黙の後、シェーンコップが頷いた。
「それが艦隊の意見なら、異論はない。大丈夫だ、お前さんらが負けて逃げ帰ってきても、逃げ場はちゃんと確保しておいてやるさ」
「負けて貰ってはこまるのだがな」
 こほん、と咳払いするムライ。最後にキャゼルヌがメルカッツの方に視線を向ける。
「メルカッツ提督、何かご意見は」
「いや、小官もファーレンハイト提督と同意見です。異論はありません」
「そうですか。・・・よし、やろう。ファーレンハイト提督、よろしく頼む」
「諒解した」
 
 
558 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/27 11:05
 トゥルナイゼン少将率いる旧ミュラー艦隊、約6千の兵力がイゼルローンを指向した直後のことである。
「敵艦隊、要塞から出撃してきます!」
「兵力・・・およそ1万4千!」
 全力出撃だな、とトゥルナイゼンは判断した。ケンプ提督の策は当たった訳だ。
「よろしい、適宜反撃せよ。このまま順次後退し、敵を要塞から引き離す」
 この規模の艦隊を指揮するのは初体験だったが、彼は自分に言い聞かせている。
 ・・・大丈夫、やれるさ・・・。
 
「あれを主力と合流させる訳にはいかん」
 旗艦アースグリムの艦橋。帝国風と同盟風の折衷のように改装されたその指揮座から、ファーレンハイトはスクリーンを睨む。
アッテンボロー提督」
 自らの旗艦トリグラフに座乗するアッテンボローを呼び出す。
「貴官は逃げるのが得意と聞いたが」
「ああ、敗走させれば右に出る者はいない」
「では、小艦隊を率いての嫌がらせはどうだ」
「それも得意中の得意だ。大好きだね」
「結構。では、貴官は麾下兵力を率い、右方向へ延翼行動を取ってくれ。後は分かるな」
「・・・なるほどね。諒解した。支援はきっちりやってくれよ、割を喰わされるのは御免だ」
「分かっている」
 敬礼。続いて、旗艦マウリヤに座乗するグエンを呼び出す。
「貴官の剛勇を発揮して貰おうか」
「俺は決戦兵力では無かったのか?」
「時と場合による。今回は一番槍だ、遮二無二敵中に突入し、対応の暇を与えず突き崩せ。フォローはする」
「望むところだ」
 通信が切れると、先ほどからやりとりを聞いていた旗艦アガートラム座乗のフィッシャーに声を向ける。
「貴官については言うことはなかろう。グエン艦隊の後詰、適宜やってくれればいい」
「諒解です」
 さて。
 前哨戦で勝負はつくだろう。ファーレンハイトは腕を組むと、スクリーン越しの虚空を睨んだ。
 
 
559 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/27 11:21
 味方は少数。艦隊司令は俊才の呼び声は高いが経験不足。
 しかも敵は名だたる勇将で、それが彼らしく先手先手の攻勢を掛けてくる。
 この状況を何とかしろというのが無理な相談だった。
 
 グエン艦隊の熱狂的な突進で開始された戦闘は、速攻を旨とするファーレンハイトの指揮らしく速いテンポで推移した。
 まず前衛を分断してこれに一撃を加え、怯んだ隙に間合いを取ろうとしたトゥルナイゼンの判断そのものは間違ってはいないだろう。
 事実それはうまく行きかけたが、吶喊するグエンを巧みにフォローし後詰の兵力を送り込むフィッシャーの手腕が成功を阻んだ。
 普通なら敵中で孤立しかねないグエンの突撃も、うまく支援してやれば鋭利この上ない槍になるということだった。
 トゥルナイゼンはそれへの対応に忙殺された。グエンの突入で開いた戦線の穴は次第に拡大し、かつファーレンハイトは戦線全面で圧迫を加えていく。
 まずは一旦敵の攻勢を止めなければ撤退は覚束ない。このような状況での後退は敗走に繋がってしまう。その判断も、確かに正しかった。
 もしこの戦闘指揮を執っているのがミュラーなら、もっとうまくやれたのかも知れない。しかし根本的に積極性と能動性が信条のトゥルナイゼンは、こういう状況が苦手だった。
 
「さすがだ、うまいもんだぜ」
 延翼運動から敵後側面への機動に入っているアッテンボローは舌を巻く。
 ファーレンハイトは約束通り、彼の分艦隊に負担を掛けなかった。全戦線で攻勢を取り、敵はその対応に追われている。
 ・・・いくら敵が少数だからと言って、こうも主導権を握りっぱなしで戦い通すというのは大したもんだ。
「よぉし、このまま敵の背後に回り込め!急げよ!」
 そろそろ敵が気づく頃だろう。気づいたところでどうにもなるまいが。
 
 
562 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/27 11:37
「敵分艦隊、我が左翼より後背に展開しつつあります!」
 オペレーターの悲鳴のような叫び。トゥルナイゼンは拳を握りしめる。
 その少し前から敵の動きには気づいていた。しかし。
 ・・・だからといって、一体どうせよと言うのだ?
 こうも先手を取られ続けるとは。これでは、ミュラーを批判などできん・・・!
 トゥルナイゼンは顔を露骨にしかめると、大きく息をついた。
 もう駄目だ。もう駄目ならば、やることは一つしかない。
「敵の包囲が完成する前に、後方から撤退する。後ろには構うな、全力で逃げるのだ」
「しかし、それでは・・・!」
「全滅よりはずっといい。前衛部隊は委細構わず前進し、攻撃せよ。本艦も攻勢に参加する」
それで副官達にも全てが分かったようだった。最後の最後で、若き俊才はその美点を発揮しようとしているのだった。
「ケンプ総司令官に打電、本艦はこれより敵中に突入、以て友軍撤退の時間を稼ぐ。
 小官の不才により軍を損ねた罪を謝し、復仇を閣下に委ねる、と」
「・・・は!」
 生存者は後に語る。最後の瞬間、旗艦テオドリクスの艦橋は不思議な高揚感に包まれていたと。
 
「・・・そういうことか」
 攻撃は組織されず、半ば破れかぶれだった。しかしそうであるが故に、ファーレンハイトは手綱を引き締めなければならなかった。
 グエンのような男が指揮する兵力は、こういう混乱の中には絶対に置いておいてはならないのだ。混乱というのは敵味方を問わず伝染する。
 その隙をついて、帝国軍は逃げ始めた。半ば潰走に近かったが、それでも包囲の輪から逃れていく。
 ・・・トゥルナイゼン少将か。いい噂は聞かない男だったが、奴もまた一人の将官ではあった訳だ。
 アッテンボローが包囲を完成させた頃には、帝国軍の三分の一、およそ2千隻余が脱出に成功していた。
 敗戦はもちろんトゥルナイゼンの責任だったが、三分の一が生き残ることができたのもまた彼の功績ではあったろう。
 
 ファーレンハイトは、黙ったままスクリーンに向けて黙礼した。
 そして顔を上げる。戦闘はまだ終わっていないのだ。
 
 
568 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/27 16:35
 戦闘開始との報を受けたケンプは即座に取って返し、イゼルローン艦隊の挟撃に向かっていた。
 事前計画では、どんなに悪くてもトゥルナイゼン分艦隊はガイエスブルグに逃げ込めるはずだった。足を止めて殴り合い時間を稼げればなお良いが、そこまで贅沢を言わなくてもガイエスブルグへ向け後退すれば途中で追撃を躊躇うと読んでいた。
 まさかトゥルナイゼンが後退もままならず屠られようとは思いもしなかったのだ。
 分艦隊の潰走とトゥルナイゼンの壮烈な戦死を聞かされたケンプは、瞬間怒声をあげかけたが、しかし表向きは無表情なままだった。
 ・・・なんということだ、種をあかせばアスターテか!
 分進合撃を企てて失敗した、ということだ。しかもあの時、ファーレンハイトは戦闘に参加していたではないか。
 ミュラーなら何とかなったのか、ケンプはそう思いかけてやめる。繰り言だ、所詮。
 ・・・これでこちらは1万余、敵は1万2千程度・・・まだ何とかなる。
「要塞に連絡艇を出せ。逃げ帰った艦隊は直ちに再編し、出撃待機。我が艦隊はこのまま敵を叩く」
「しかし・・・」
 口を濁すパトリッケン少将を、ケンプは睨んだ。
「敵はトゥルナイゼンとの交戦で疲労もしておろう。こちらは休養も十分だ、一気に叩いてやる」
「確かにそうですが・・・」
「トゥルナイゼンの弔い合戦だ」
 
 ケンプの強気もあながち根拠がない訳では無かった。圧勝したとはいえ、同盟軍もそれなりに被害は受けている。
 もしこの時点で、彼がキルヒアイス艦隊の増援を知っていれば、自重も考えたかも知れない。
 あるいは万一決戦に敗れた時のことを考える冷静さがあれば、要塞に籠もる策を選んだかも知れない。
 しかしケンプは敢えて決戦を選んだ。同数なら何とかなる、と彼は確信していた。
 
 
570 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/27 16:46
 しかし、ケンプの知らない情報はまだあった。
 彼は知らなかったのだ。ヤン・ウェンリーが帰還しつつあったことを。
 
 イゼルローンに緒戦の勝利を伝え、入れ替わりにヤンが近づいているとの返事を貰ったファーレンハイトは、まだ戦うのだと不平を言い立てるグエンごと損傷艦を要塞に帰し艦隊を再編した。
「次は貴官が先鋒だ、アッテンボロー提督」
「アイアイサー」
 ニヤリとして敬礼を向ける若い提督に微笑を返すと、ファーレンハイトは腕を組んだ。
「幸い緒戦は完勝した。ついては、第二戦も積極的に行こうと思う」
「と、言うと」
「こうなったら奴らはガイエスブルグには帰さん。敵はこちらに向かっているだろうから、途中で迎撃する。そうだな・・・回廊の同盟側に近ければ近いほどいい」
「・・・なるほどね」
 つまり、敵がガイエスブルグに帰るにしてもこちらとの決戦を求めているにしても、有無を言わさず航路途中で決戦を強いるというのだ。しばらく粘っていれば、ヤン提督も駆けつけてくるだろう。
 ここでも、ミュラーがいないことが帝国軍にとっての災厄となっていた。
 帝国軍首脳にあってヤンの不在に感づいていたのは彼だけだったのだから。
「そういう事なら話は早い。このまま進撃すればいい」
「そういう事だ」
 
 ケンプ大将直率の帝国軍1万1千とファーレンハイト少将率いる同盟軍1万2千が接触したのは、その半日後だった。
 
 
571 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/27 17:05
 ・・・こういうとき、先輩なら受け身に回って敵の攻勢をかわし、反撃の隙を伺うだろう。
 アッテンボローは思う。
 ・・・しかしこの男は違う。常に積極的、常に攻撃的だ。
 ファーレンハイトという指揮官は、ヤンとは対極的なのかも知れない。
 彼には直感めいた洞察力があり、十分に敵の動きを読んで指揮を執ることができた。
 しかし、何度か苦笑いしながら言ったものだ、俺は防戦は下手だ、と。
 その通りに戦闘は推移していた。ケンプ率いる帝国軍が攻勢を掛けている。傍目には同盟軍は防戦に回っている。
 しかし、アッテンボローには違う側面が見えていた。ファーレンハイトは、敵の攻撃を攻撃的にさばいていたのだ。
 
 ファーレンハイトはもはや確信している。あの冴えない中年男、エドウィン・フィッシャー少将こそがヤン一党の要なのだ、と。
 フィッシャーには独自性がない。天才的な閃きも、冴え渡る直感もない。しかし、この男には緻密さと職人芸めいた処理能力があった。
 司令官の構想を具体化し、各艦への指示に変換する能力にかけては、この男は異能と言っても良いだろう。
 ファーレンハイトは戦闘開始前、こうフィッシャーに伝達していた。
「私は前衛にでて、敵の動きを読む。私が砲火を集中すべきポイント、防備を堅くするべきポイントを逐一貴官に通達するから、貴官はそれを実現するべく艦隊に指示を出してくれ」
「・・・承知しました」
 これだけだった。後はポイントを指定し、どのように対処するか短く付け加えるだけで、フィッシャーは自在に艦隊を操ってみせた。
 ・・・これなら、俺のカンが冴えている限り、相手がミッターマイヤーでも遅れは取らんぞ。
 敵の攻勢をかわすのではない。攻勢そのものを集中した火力で砕く。
 ファーレンハイトは、まるで自分は熟達したオーケストラを操る指揮者のようだと思った。
 
 
572 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/06/27 17:14
 5波に渡る攻勢が阻まれた時、さすがに剛腹なケンプも悟らざるを得なかった。
 ・・・これは、奴の方が腕がいい・・・!
 かつてアムリッツァの前哨戦でヤンと対峙したときも、彼は何度も攻勢をかわされ、最後には逃げられた。
 今度も同じように、幾度も攻勢を阻止されている。今度はかわされているのではなく、攻勢発起の起点をその都度潰されているのだが。
 被害は大したことはないが、いかんせん兵の疲労が激しい。連戦のはずの敵にはまだ余裕があるように見えるのだが。
 ・・・では、少し手を替えよう・・・。
 ケンプは艦隊に密集陣に転換しつつ後退するよう命じた。釣れるものなら釣り込もうと考えたのだった。
 
「敵艦隊、後退します」
 すかさずアッテンボローから追撃を具申してくる。
 無用だ、と返信しながら、ファーレンハイトはやはりグエンを帰しておいて良かった、と思った。
 ・・・その手には乗るか。俺はこのままの戦がしたいんだ。
「これでは、敵に呼吸を整える暇を与えてしまいますが」
 心配性そうな顔の参謀が口にする。ファーレンハイトは首を振った。
「それならそれでいい。こちらにとって、時間は味方だ」
 彼はスクリーン越しの虚空に目を凝らした。
 ケンプにとっての最後の災厄が、そこには見えているようだった。
 
 
594 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/01 11:08
 強行偵察艇を急拵えの連絡艇にした判断は正しかった。帝国軍の封鎖が無かった事も幸いしたが、一分一秒でもこういう連絡は早いほうがいい。
 イゼルローンからの報告を受けたヤンは、鈍足の警備艦艇の指揮をアラルコン少将に委ねると、自らは身軽な高速艦艇7000隻を率いて戦場へ急行することにした。
「艦隊の指揮を執っているのはファーレンハイト提督だそうだ」
 何故急ぐのか、と怪訝な顔をしたフレデリカに向け、ヤンは種明かしをしてみせる。
「彼なら、私を利用して敵を挟撃するくらいのことは考えるだろうね」
「ですが、それではアスターテの二の舞になりませんか」
 とユリアン。養子の質問に、ヤンは頭を掻いた。
「いや、それは無いだろう。あの時、ローエングラム公は自らの周囲に三個艦隊が存在する事を明確に知っていた。しかし今回は、恐らく帝国軍は我々の事に気づいていない」
「気づいていない・・・ですか」
「ああ。そうでなければ、ああいう機動は取らない。
 今の帝国軍の機動は、ただ要塞から艦隊をつり出そうとしているだけのものだよ」
 そこまで言って、ヤンは紅茶のカップに手をやった。
「それに、あの時ファーレンハイト提督は戦場にいたというじゃないか。
 その彼が、我々の犯したミスをなぞるとは思えないね」
 
 
595 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/01 11:25
 それは帝国軍が第二波の攻撃に転じようとした直後のことだった。
 後退しても乗ってこないファーレンハイトの動きに首を傾げながらも一息ついたケンプは、彼らしく積極策を通す事にしていた。
 ・・・要は、小出しにするからいかんのだ。全力で敵翼を叩き、抵抗を粉砕してやる。
 ビッテンフェルトなら中央突破だと言い出す所だったが、そこはケンプの老練さだった。翼側への攻勢は、中央を叩くより対処が難しい。特に兵力的に均衡していれば。
 手際よく兵力を配置し、前進を開始した直後、その報告が飛び込んできた。
「所属不明の艦隊を我が後方に確認・・・数、1万弱!」
「・・・何だと!」
 瞬間、ケンプは吠え、次いで拳を握りしめた。
 ・・・奴ら、最初からこれが狙いだったか!
「不明とはどういうことだ!」
 叫ぶ参謀。ケンプは大喝する。
「うろたえるな!敵に決まっておろう!」
 ・・・こうなれば翼側を突き破り、ガイエスブルグへ走るしか手がない!
 ケンプは躊躇しなかった。さすがと言えばさすがだった。
「恐れるな、後方の敵は振り切れば良い!ひたすらに前進して敵陣を突破せよ!」
 
 
599 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/02 10:54
 あ、先に言われた。ウワァァァンw
 -------------------------------
 ファーレンハイトは一瞬判断に迷った。
 阻止するか、行かせてやるか。
 行かせてやればケンプを取り逃がす事になるが、阻止するとなるとあの突破力を正面から受け止めなければならない。リスクが大きすぎる。
 帝国軍が接触しつつある右翼前衛にいるのはアッテンボローだった。それが彼を救った。
 
 アッテンボローは、彼らしく一瞬で状況を看破した。ヤン一党に共通することだが、彼も周囲や敵の心理を斟酌する事がうまかった。
 ・・・先輩が言っていたが、帰師は留むるなかれ、だ。帰りたい一心の敵を無理に遮ればこちらが痛い眼を見る。
 だがしかし。
 ・・・そのへんを理解しない阿呆どもは、ファーレンハイト提督がかつての同僚に手加減したと言い立てるだろう。間違いない。
「だとすりゃ、俺がやってやるしか無いじゃないか」
 そう呟くと、彼は独断で陣形を再編しはじめた。ケンプを突破させつつ、自らの分艦隊はその側面に回り込むのだ。
 ・・・後はフィッシャーのおっさんがうまくやるだろうさ。
 事態は彼の読み通りに動いた。フィッシャーもまたファーレンハイトの指示を待たず、右翼部分断の危機(に見えるだけだが)を回避すべく、後衛をケンプの阻止の為右翼にスライドさせ、半包囲下に置く機動を取ったのだった。
 さらに、状況を察知したヤンがカールセン率いる前衛部隊を急進させる。結果として、ケンプは完全に包囲下に陥る羽目になってしまった。
 
 参謀達が動揺する。しかしケンプは腕組みし、巌のように艦橋に佇立してただ前を見据えるだけだ。
「うろたえるな、敵の包囲は薄い!近接戦闘に持ち込み、食い破れ!」
 その指示は的確であり、意図は明確だった。ケンプの艦隊は得意とする近接格闘戦に持ち込み、右翼をカバーに入った敵を蹴散らし、突破していく。
 
 
600 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/03 13:54
 同時刻、ガイエスブルグ要塞。
 ケンプよりの命令を受けたフーセネガー参謀長は、トゥルナイゼン艦隊の残存兵力2000隻を率いて要塞を出撃しつつあった。
 
 それを察知したイゼルローンは対応を迫られる事となった。
 ヤン及びファーレンハイトとケンプが交戦中との連絡は入っていた。わずか2000とはいえ、そこへ他兵力の介入を許すのはいかがなものか、との主張がムライから出される。
 メルカッツは腕組みをしたまま黙っていたが、不意にシェーンコップに視線を向けた。
「何ですかな?」
「一つ質問があるのだが」
 ・・・約三十分後、キャゼルヌとシェーンコップは、メルカッツの作戦を承認していた。
 成功すれば、同盟軍の戦略的優位は揺るぎないものになるはずだ。
 メルカッツ自身はその作戦に沿って、グエン艦隊を主力とする要塞残存兵力約1500隻を率いて出撃、フーセネガーを追った。
 
 彼らしくもなく初動が遅れたファーレンハイトだったが、アッテンボローらの効果的な助けとヤンの支援もあって戦線を立て直していた。
 ケンプ艦隊前衛の突破は許したものの、カールセンの強烈な横撃とアッテンボローの巧みな側面展開によって後続の分断に成功している。
 旗艦レダⅡよりその有様を眺めているヤンは、紅茶を片手にユリアンに頷き掛けた。
「こうなってくれば、敵の取るべき手は一つしかない。何が何でも包囲網を突破し、切り抜けるしかないんだ」
「それをしようとして、一度失敗していますね」
「そうだね。しかし、それでもやらなければ被害は増える一方だ。今の帝国軍は、戦術的には地獄にいるのと同じだよ」
 同情するように、ヤンは視線を落とす。
 
 
601 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/03 14:22
 その位のことはケンプも承知だった。
 彼は持てる智力の限りで敵陣を精査し、突破できそうな一点を探し求めた。古来名将というものは、そうした「戦場の蝶番」を見切る能力に長けた者の称だった。
 そして彼もまた、その名に値する人物なのかも知れなかった。ついに彼はそれを発見したのだ。
 そしてケンプの、渾身の猛撃が始まる。
 
 敵の集中射は艦隊右翼、アッテンボロー分艦隊の最右翼に向けられていた。カールセン艦隊との戦線接合部だった。
 ・・・さすがにやるな、そこが弱いと気づいたか!
 フィッシャーが懸命に傷口を縫い合わせようとしているが、恐らく間に合わない。ファーレンハイトは思う。今だ、と。
 そこへ、艦内通信が入ってきた。戦闘艇格納庫からのようだった。
「何か?」
「第1飛行隊長、オリビエ・ポプラン少佐でありますっ!」
 帝国軍の常識では、一介の戦闘艇乗りの少佐ごときが艦隊司令将官に直接意見具申するなど考えられない事だ。
 もっともそれは同盟軍でもあまり変わらず、こういう事はヤン艦隊独自の気風なのだが、そのあたりまだ詳しくないファーレンハイトは取りあえず気にしないことにした。
 一つ頷くと、スクリーン越しの瀟洒な若者に視線を向ける。
「是非出撃の許可を!」
「理由は?」
「仇討ちでありますっ!」
 何でも、この男の友人が何人もケンプに殺されているらしい。先年の侵攻作戦の折りの話だとか。
 しばらく前にヤン提督の副官(思わず見とれるほどの美人だったが)から渡された資料には、このポプラン少佐というのは同盟軍きっての撃墜王だという。その彼が出撃を具申しているのだから、聞いておく必要はあるだろうとも思う。
「しかし、まだ敵との距離が詰まっておらんが」
「なら詰めりゃいいでしょう。寄せてくれれば、仕留めてみせます!」
 ファーレンハイトは思わず苦笑した。格闘戦がしたいから敵艦に寄せろ、と艦隊司令に要求する戦闘艇乗りとは前代未聞じゃないか?
 数秒考えた後、大きく頷く。
「よかろう。これより近接戦闘に移行する。戦果に期待しよう」
 もともと似たようなことは考えていたのだ。
 
 ファーレンハイト率いる艦隊主力は、適宜陣形を整形すると前進を開始した。
 それは今までのような攻勢防御でも、迎撃戦でもなく、純然たる突撃だった。
 
 
602 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/03 14:41
 あの帝国野郎、とポプランは笑った。
 あの帝国野郎、なかなか話せるじゃないか。こりゃ面白いことになりそうだ。
 艦隊は突撃に入っている。モニターには、みるみる近づいてくるケンプの旗艦ヨーツンハイムの姿が捉えられている。
 ・・・頃合いだ!
「よし野郎ども、ヒューズとシェイクリの仇討ちだ!いくぞ!」
 発艦指示。
 リニアカタパルトが作動し、ポプランと彼の仲間達のスパルタニアンは虚空へ駆けだしていった。
 
 一点突破を図るケンプに、ファーレンハイトの突撃を阻止する力も余裕も無かった。
 左側面にファーレンハイト、更に右背後からはヤンの本隊が遠慮仮借のない集中射撃を浴びせてくる。それでもケンプは前に進むしかない。
「前衛、敵陣を突破・・・やりました、突破しました!」
 歓声があがる。その直後、ヨーツンハイムの巨体が大きく揺れた。
「なにごとか!」
「左舷機関部に被弾・・・更に艦尾に被弾!戦闘艇の集中攻撃を受けています!」
 ・・・なんと皮肉な。
 ケンプは笑った。苦笑ではなく、それは哄笑だった。
 ・・・大神はつくづく皮肉好きとみえる。戦闘艇で勲功を挙げのし上がったこの俺が、戦闘艇に討たれるのか!
「それも本望だ!」
 腕組みしたまま、うろたえる周囲と炎上する艦橋を睥睨しつつ、ケンプは吠えた。
「これも武人の本懐だ!ファーレンハイト、先に地獄で待っておるぞ!」
 直後、ヨーツンハイムを最後の激震が襲った。
 
 
603 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/03 14:42
 ・・・ヒューズ、シェイクリ、お前達の敵は討ったぜ・・・!
 規定違反を承知でコクピットに持ち込んだラムの栓を抜き、ポプランは爆沈するヨーツンハイムに向け小さく頷く。
 第1飛行隊の全力を挙げた、狙撃めいたピンポイント攻撃だった。普通ならまず許可されないだろうが、許可したあの帝国野郎も帝国野郎だろう。
「・・・よーし、あとは適当にそのあたりの敵をあしらって引き揚げだ!やることはやった!」
 敵旗艦撃沈との報告を送ると、ポプランはそう仲間達に指示を飛ばした。
 
 ヨーツンハイム撃沈を確認したファーレンハイトは、周囲の視線を気にすることなくスクリーンの向こうに敬礼を送った。
 ・・・さらばだ、ケンプ。先にヴァルハラで待っているがいい・・・。
「よし、後は掃討戦だ」
 先ほどから負担が掛かっているアッテンボローを後方に下げるよう手配すると、ファーレンハイトは瞑目した。
 
 
605 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/03 17:38
 包囲を突破した帝国艦隊は全軍の四割、約4000強だった。
 ヤンは手負いの彼らの追撃を引き続きファーレンハイトに委ねると、自らは1万隻を再編して急進を開始した。
 ファーレンハイトはその意図を図りかねたが、妙に自信ありげなヤンの表情に、それでいいのだろうと思うことにした。
 この後ファーレンハイト艦隊はフーセネガーを追撃していたメルカッツと会合し、ケンプの残存兵力及びフーセネガーを挟撃する形となる。
 この戦闘のけりはあっけなくついた。司令官を失い、重なる敗戦に意気消沈した帝国軍は一時間ほどの抵抗の後、降伏を申し出たのだった。
 
 急進するヤンを待っていたのは、揚陸艦艇に分乗した陸戦隊を率いるシェーンコップだった。
「いやなに、思いついたのはメルカッツ提督なんですがね。なかなかのアイデアだったでしょう?」
 ニヤリと不敵に笑う彼に、ヤンは苦笑するしかなかった。
「やれやれ、さすがに見抜かれていたか」
「たいしたものですよ。敵にしないで済んだのは幸運、でしたな」
「まあ、おかげで手間が省けたよ」
 肩をすくめたヤンは、直ちに強力な通信妨害を指示した。回廊内と外をどうしても遮断しておく必要があった。
 
 
606 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/03 17:49
 メルカッツとヤンが考えたのはごく簡単なことだった。
 要は空家泥棒である。艦隊が出払ったのなら、要塞も奪ってしまえというわけだった。 ガイエスブルグは機動戦力を失い、通信も妨害され、まさに手足をもがれ眼も耳も封じられた巨人と化している。あとは何とかできる、と彼は踏んでいる。
 
「私は自由惑星同盟軍イゼルローン駐留艦隊司令ヤン・ウェンリー大将だ」
 極力表情を消し、冷たく聞こえるように声色を落として、彼は要塞に呼びかける。
「ガイエスブルグ要塞に駐留する帝国軍将兵諸君に降伏を勧告する」
 曰く、ケンプ提督は戦死し、既に要塞艦隊は壊滅した。ガイエスブルグは回廊内の孤塁と化しており、周囲は完全に封鎖されている。
 要塞の防御力を頼って防戦したところで、艦隊とより規模の大きな要塞を保有する我々を阻むのは不可能だ。
「よしんば回廊内に要塞を持ち込んだ時のようなワープ設備を利用したとしても、
 こちらは艦隊の火力でそれを容易に阻むことができる。もはや諸君の命運は尽きている」
 絶妙の間を置いた後で、ヤンは顔を上げる。
「このまま孤立の死を選ぶか名誉ある降伏を選択するか、全ては諸君に掛かっている。
 降伏した場合の処遇については、小官が保証する・・・この状況下での降伏は恥ではない。
 諸君らの健闘は、小官が最も良く知るものである」
 
 
641 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/05 14:24
 反応があるのは嬉しいんですが、先に書かないでよウワァァァンですw
 ですがまぁ、淡々といきますです。
 --------------------------------------------------
 考慮期間を24時間与える、と話を打ち切ったヤンは、通信が切れると椅子にへたり込んだ。
「やれやれ、悪党の振りは疲れるよ」
「よく言いますな、悪党の振り、ですか」
 皮肉気に笑うシェーンコップ。
「要塞の帝国軍将兵諸君には、あなたの顔が悪魔に見えたでしょうよ」
「失礼だな、こんな善良そうな顔は他にはないぞ」
 思わずフレデリカが口元に手を当てる。シェーンコップは肩をすくめた。
「悪魔は言い過ぎとしても、ミラクル・ヤンの降伏勧告ですからな。彼らには死刑宣告に聞こえるでしょう」
 そうであってくれよ、とヤンは思った。
 彼はまだ知らなかったが、帝国軍の増援が来ないという保証はないのだ。
 
 その数時間後、ファーレンハイト艦隊もヤンに合流した。降伏して捕虜となったフーセネガー参謀長は捕虜全員の身の保全を条件に要塞への降伏呼びかけに同意していた。
 期限の24時間のうち23時間と30分が経過した時、ガイエルブルグ要塞は降伏を受諾することになる。
 
 
642 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/05 14:37
 ガイエスブルグが開城すると、とたんに大忙しになったのはシェーンコップとアンスバッハだった。
「アンスバッハ准将は要塞の構造と運用に詳しい。彼を補佐につけるが宜しかろう」
 そう助言したのはメルカッツだった。彼の助言をもとに、シェーンコップとイゼルローンから引き抜いてきた要塞守備隊がガイエスブルグの機能を保全する。
 捕虜達は全員軍港付近に集められ、その前に同盟軍の軍服を着たファーレンハイトが憎々しげに仁王立ちになった。
「諸君には証人になって貰おう。要塞に小細工をしていれば、私も諸君も巻き添えということだ」
 裏切り者、との痛罵がそこかしこからあがる。ファーレンハイトは能面のような無表情で、それを受け止めた。
「そうだ。私は転向者なのでな・・・必死にもなるということだ」
 にたり、と毒々しい笑み。捕虜達は縮み上がる。
 
 結局破壊工作の形跡もなく、要塞は短時間で戦力を取り戻した。
「あんた、結構そういう芝居も得意なんだな」
 どこからかあの恫喝を見ていたのだろう、アッテンボローがにやりと笑う。
 ファーレンハイトはただ薄い笑みでそれに応えた。
 
 
665 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/06 17:47
 アンスバッハは要塞のほぼ全てを掌握していた。当然の事だった。何せ彼はあの公爵の下でありとあらゆる雑用を一手に引き受けていたのだから。
 その彼が唯一把握していないものがある。シャフト技術大将謹製の、あの要塞推進システムだった。
 概要程度は捕虜の尋問から分かったのだが、これをどうすればいいのやら迷った彼は相方のシェーンコップにお伺いを立てることにした。
「・・・」
 この不遜な亡命者は腕組みをする。しばし考えた後で、彼はイゼルローンから一人の男を呼び寄せることにした。
 
「・・・なるほど、ねぇ」
 不遜な上官の前で、輪を掛けて不遜なその男は大げさに首を捻った。
「まぁ、閣下のおっしゃる通りですなぁ。こいつはハイネセンに巣くう有象無象にとっては、少々危険すぎる玩具だ」
 その男、バグダッシュ中佐は口元をゆがめて笑う。
「だろう。移動する要塞なんて物騒な玩具をあの阿呆どもに与えてみろ、何を考え出すか分かったものじゃない」
「ヤン提督の立場もますます微妙になってしまいます、な」
「・・・」
 余計なことを言うな、と視線で釘を刺したあと、シェーンコップはアンスバッハに視線を戻した。
「聞いての通りだ。何を言いたいか、分かってもらえるかな?」
「・・・なるほど」
 その手の腹芸は得意中の得意だった。伊達に長いこと、貴族社会で生きてはいない。
 アンスバッハは謹厳実直を絵に描いたような表情で敬礼すると、そのままこう言った。
「要塞を改めて調査したところ、要塞を移動させた推進機構は一回限りの使用を前提としたものであったらしく、残念ながら既に崩壊しており使用に耐える状態ではありませんでした。復元も困難と思われます」
 シェーンコップも鹿爪らしく答礼した。
「誠に残念だが仕方があるまい。後ほど私に報告書を提出して貰いたい。ヤン提督には私から説明しておく」
 その光景を眺めているバグダッシュも、このときばかりは無表情を通している。
 
 
674 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/06 21:35
 翌日。
 その報告を受けたヤンは、まるで友人の悪戯を眺めているような微妙な目つきで要塞防御司令官を眺めた。
 シェーンコップはその視線に全く動じる事無く、半ば周囲の全てを小馬鹿にしたようないつもの態度で若き魔術師の前に立っている。
 しばしの沈黙が続いた後で、ヤンは報告書をその美貌の副官に手渡した。
「目を通して、アラがあったら潰しておいてくれ。君が見終わったら、キャゼルヌ少将にも回しておいてくれ」
「了解しました、閣下」
 頷くフレデリカ。ヤンは大きく伸びをすると、シェーンコップに人の悪い視線を向けた。
「上が技術者でもよこしたらどうする?」
「その時は本当に壊してしまえばいいでしょう。あれが使い物になるってことは、うちでは一部しか知りませんからな」
「・・・やれやれ、よくもまぁそういうたちの悪いペテンを思いつくものだよ」
「銀河最高のペテン師にそう言って頂くのはこの上ない栄誉、ですな」
 お互い同じように苦笑すると、ヤンはひらひらと手を振った。この件はおしまい、という意味らしかった。
 
 
675 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/06 21:36
「で、要塞は使えそうかい?」
「長期的には要員の派遣は求めなければならんでしょうが、ここ数ヶ月の話なら手持ちのマンパワーで何とかしますよ」
 気障ったらしくシェーンコップが指を鳴らす。フレデリカが少し笑って、スクリーンに映像を投影した。
「イゼルローン、まぁ端的に言えばトール・ハンマーの死角を常時カバーする軌道にあれを乗せておきました。二つの要塞は連動して防御コンプレクスを形成します」
 まるで姉妹のように軌道を回る二つの要塞が映し出される。
「回廊の帝国側にガイエスブルグが位置し、ここに前衛艦隊を置きます。回廊戦区司令部と艦隊主力はイゼルローンに配置します」
「なるほど、ガイエスブルグを出城扱いにする訳だな」
「そうです。相互が相互を支援できる態勢を維持できれば、この回廊は十万隻の攻勢にも容易に耐える金城湯池になるでしょう」
「維持できれば、ね。どのくらいの兵力がいると思う?」
「要塞守備そのものは大した頭数はいらんでしょうが、機動戦力はこの構想の要です。イゼルローンと併せて最低三個艦隊、欲を言えば四個から五個艦隊は欲しいですな」
 ヤンは軍用ベレーを脱ぎ、指先でくるくると回す。
「・・・どうしました?」
「いや、よく言うよと思っているんだ」
 シェーンコップはしらじらと笑った。
 
 
679 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/06 23:53
 更に三日後、イゼルローンよりヤン・ウェンリー大将名で、ガイエスブルグ奪取の報告と増援の派遣を求める要請がハイネセンに打電された。
 ジークフリード・キルヒアイス元帥率いる帝国軍三万が回廊に現れたのはその更に二日後のことだった。
 
「こうして見ると、まさに用兵上の地獄ですな」
 旗艦バルバロッサの艦橋。スクリーン越しにロイエンタールが苦笑する様に、キルヒアイスは同じく苦笑で応じた。
「全くです。こうして目にするまで信じたくない光景でしたが、こうなってしまうと信じざるを得ませんね」
 行軍中、キルヒアイス達はケンプと連絡をつけようと度々通信を送り、連絡艦も出していた。
 最初は通信妨害で連絡がつかなかった。一週間ほどすると、妨害は無くなったが全く返信が来ない状況が続いた。
 キルヒアイスロイエンタールは異変が起きたと考えざるを得なくなり、更に回廊に接近するにつれケンプ艦隊は壊滅したと考えるしか無くなっていた。
 ・・・ではガイエスブルグはどうなったのだ?籠城して抵抗でもしているのか?
 その結果がこれだった。回廊内は全く静かで、もはや交戦状態ではなかった。要塞は落ちていたのだった。
 そして、そこへ通信が入った。
 
 
680 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/07 00:05
 スクリーン越しの男は誰あろう、ヤン・ウェンリーだった。
 
自由惑星同盟軍、ヤン・ウェンリー大将です」
銀河帝国軍、ジークフリード・キルヒアイス元帥です」
 キルヒアイスはこの高名な敵将を前に、丁重に敬礼した。スクリーンの向こうの黒髪の敵将は穏やかな表情をしていた。
「遠路ご苦労様です。もうお分かりとは思いますが、ガイエスブルグ要塞は既に我々が占拠しています」
「どうやらそのようですね。銀河最強と言われる要塞二つ、続けて奪取した閣下の手腕に敬意を表します」
 ヤンは心底照れくさそうに苦笑いした。
「いえ、今回はたまたまですよ・・・そこで用件なのですが」
「はい」
「今回、貴軍の将兵を多く捕虜として収容しました。つきましては、彼らをお返ししたいと考えています」
「・・・捕虜を返して頂ける、と?」
「はい。貴官たちが出征した時点と現在では、状況も大きく異なります。
 この状況下での交戦に意味がない事は、あなたがたなら容易に理解されるでしょう」
「・・・」
「ですので、今回は兵をお引きなさい。おとなしく撤兵して頂けるなら、捕虜はお返しします」
「・・・敵将から手土産まで都合して頂けるとは、私たちも落ちぶれたものですね」
 言った後で、キルヒアイスは首を振る。
「いいえ、言い過ぎました・・・検討に値する提案だと考えます。しばらく猶予を頂けますか」
「喜んで」
 そして特に時間を区切ることもなく検討の為の一時停戦を約して、通信は終わった。
 
 
681 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/07 00:13
「・・・これで良かったのでしょうか」
 通信が終わった途端、ユリアンが首をひねった。ヤンはティーカップを取り、小さく頷く。
「いいのさ。小細工はしないに限る、特に相手が名将である場合は」
「名将・・・ですか」
「ああ。キルヒアイス提督は正統派の用兵家だ。アムリッツァの前哨戦でよく分かった・・・あの若さであの冷静さとケレン味の無さ、恐るべきものだよ」
 紅茶を一口すする。
「しかも、副将はロイエンタール提督ときている・・・やり合わないでお引き取り頂けるものなら、そうするに越したことはない」
 実際、ファーレンハイトアッテンボローからは作戦案まで提示されていた。捕獲した帝国軍の艦船は5000隻近くあるので、これを利用して帝国軍をガイエスブルグ付近に誘引して二つの要塞主砲で一挙に殲滅してしまおう、と。
 しかしヤンはそれをはねつけた。理由を問われたヤンはすましてこう答えている。
「運は使い果たさない事だよ。我々はもう十分に勝った・・・欲を張るとろくなことにならない」
 それで策を見破られれば、また面倒なことになるしね。
 
 
682 名前:264 ◆X4sTWrpuic 投稿日:04/07/07 00:27
 一方、バルバロッサにロイエンタールを呼び寄せたキルヒアイスは割合簡単に結論を出していた。
「受け入れましょう」
 ロイエンタールは無言だった。替わって参謀長ベルゲングリューン少将が口を開く。
「しかしそれでは戦意不足の誹りを受けましょう。一戦も交えず、捕虜を返して貰って引き下がる、では・・・」
「言いたいことは分かります」
 キルヒアイスは穏やかに頷くと、諭すように口を開く。
「ですが参謀長、たかだか三万の兵力で、あの要塞・・・いいえ、もはや一つの複郭要塞と化してしまったあの要塞群を抜くことが可能でしょうか?」
「それはそうですが・・・」
「これ以上の損害は無意味です。いわば我らは死地に飛び込むところだった・・・交渉に応じて失うものはもはやありません。受け入れるべきです」
「・・・確かに」
 ロイエンタールもようやく口を開いた。
「あれをどうにかするには三万程度では全く足りない。俺でも十万は欲しいところだ」
「・・・分かりました。お二方がそう仰るのなら、もはや異存はありません」
 ベルゲングリューンは表情を消すと、大きく頷いた。
 
 結局翌日になって、交渉は成立した。
 帝国軍はフーセネガー少将以下の捕虜を収容し、回廊を去る事となった。
 この戦いで帝国軍は二人の将官と一万五千隻の艦隊、そして要塞一つを失った。対して同盟軍は二千隻の艦艇を失う替わりに要塞一個と帝国製の艦艇約五千を手に入れている。
 アムリッツァの大勝利を帳消しにするほどではないが、帝国軍としては久々の完膚無きまでの大敗だった