Fate昔話・桃太郎

元ネタ:Fate/stay nighthollow ataraxia+桃太郎

Fate昔話・桃太郎

邂逅―――純粋過ぎる意志に貫かれ

 士郎は道をずんずん歩きます。と言うのは、鬼ヶ島の場所は大体の場所しか知らないので、『とりあえず、親父が話を聞いたとかいうところまで行けば、詳しい事も判るだろう。』といったぐらいしか考えが回らなかったのです。
 そして暫く道なりに行くと、大きな山の上に来ました。天気は快晴で、眼下には美しい山々の景色が広がっていました。丁度お腹も空いてきたので、士郎はここで食事をすることにしました。景色の良い場所で食べる事は、何よりも美味しい調味料だと思ったからです。
 そうして、近くの岩へ腰掛けて地平線の果てまで広がる風景を眺めながらご飯にしようとすると、道の先から誰かがこちらへ歩いてきます。山賊の類か、と腰に携えた剣の柄に手をやりながらを注視していると、一人の漢が現れました――手には禍々しい雰囲気の槍を持っています。
 どうみても、ただの旅人には見えない風体の漢に警戒していると、漢はカラリとした人好きのする笑いを浮かべて話しかけてきました。
 「よう坊主、悪いが飯分けてくれねぇか?」
 糧食には余裕がありましたので、士郎は快諾します。見れば漢は、得物こそ物騒な代物でしたがその佇まいは気さくそうで、少なくとも無辜の人々に襲い掛かってくるような悪人には到底見えませんでした。尤も、だからといって戦う事を嫌っている風でも無く、体付きや気配は明らかに歴戦の戦士のそれを示していました。
 その不思議な雰囲気が気に入ったのか、食事の間は会話が弾みました。彼の名はクー・フーリン、とある槍の師匠から免許皆伝を受けて今は諸国漫遊の真っ最中だそうです。
 「そうだな……世界一とまでは言わねぇが、俺に槍で匹敵う奴といえば世界広しと言えども片手で足りるぐらいだな。」
 「うわ、凄いな。前にも聞いたことがあるような気がしなくも無いけど。」
 「へっ、伊達に槍兵(ランサー)と呼ばれてねぇよ。」
 よくよく考えれば世界屈指の腕前なんてとんでもない事ですが、それが虚言では無い事を既に士郎は理解していました。そして同時に、もし今この瞬間に彼と殺り合えば確実に数合以内で心臓を貫かれるだろうと、頭ではなく心で理解しました。それ程までに、彼と士郎の実力差は乖離していたのです。
 
 「で、だ。えっと、衛宮の坊主。お前さんは何でこんな山奥に居るんだ?単なる山登りにしては随分と勇ましい格好じゃねぇか。」
 「あぁ、鬼ヶ島に行くつもりなんだ。悪い鬼達が人々を苦しめてるって話しだしな、助けられるならその人たちを助けたい。」
 別に隠すような事でも無いので、士郎は素直に応えます。するとクー・フーリンは、目を丸く見開いて驚きに満ちた叫びを上げました。『なんでさ。』と不思議そうにその姿を見ていると、クー・フーリンが可哀相なものを見る目をしながら話し掛けてきました。
 「坊主……悪い事は言わんから、あそこに近付くのは止めとけ。」
 「なんでさ?」
 「いや、何つーかだな……あそこの連中はちと性質が悪ぃ。坊主みたいな人間には反りが合わないと思うぜ?」
 「でも、その鬼達の所為で苦しんでいる人たちが居るんだろ?」
 「ん、あぁ……まぁそれは確かだけどな。でもよ、それをどうにかしてお前さんに何か得することでもあるのか?それとも、誰かあの辺りに知り合いでも居るのか?」
 「いや、苦しんでいる人たちは全然知らない、俺には関係の無い人たちだ……だけど、誰かを救うのに一々理由なんて必要無いんじゃないか?俺は目に入ったり耳にしたりする範囲の人たちが苦しんでいるのが嫌なだけ――――皆に笑っていて貰いたいだけなんだ。」
 その光景が掛け替えの無いものだと思うから、かつて何処かで自分もまた救われたから。例えその救い自体にに意味は無くても、誰にもその行為を理解されなくても――――その思いだけはきっと真実なのだろう……と。
 「それじゃ、お前さんは関係の無い人の為に――――それも、頼まれたわけでも無いのに……生死を賭けるってのかよ。」
 クー・フーリンの目はいつの間にか真剣そのものです。
 「悪いか?」
 間を置かず応える士郎。
 暫く二人の間を沈黙が包み……、
 「判った、それじゃ仕方ねぇな。」
 と応えると、クー・フーリンは歩き始めました――士郎の進む方向……先程彼が歩いてきた方向へと。
 「えっと、クー・フーリン?」
 「何だよ改まって?ランサーでいいぜ、そっちの方が呼ばれ慣れてるしな。」
 「それじゃランサー……何でそっちへ向かってるんだ?」
 と問うと、ランサーは笑って応えました。
 「あぁ、ちと鬼ヶ島に行きたくなったんでな。悪いが付き合って貰えるか?」
 「なんでさ、あんたさっき『あそこは性質が悪い』って言ってたじゃないか。」
 ランサーの突然の行動を理解し切れず士郎は問いかけます、すると、
 「ん?まぁ気紛れって奴よ。それに坊主には一食、世話になったしな。まぁ足手纏いにはならねぇだろうから安心しろ。」
 『一食の借りに命を賭ける。』と、どう考えても割に合わない事をさも当たり前のように口にするランサー。その目には、何か生き生きとした輝きが灯っています。
 「……判った、どういう訳にしろ来て貰えるなら心強い。こちらからも宜しく頼む、ランサー。」
 あいよ、と軽く返事をすると、ランサーは片手の槍を担ぎ上げて悠々と先へ進み、士郎も手早く荷物を纏めてその背中を追いかけます。
 天頂には太陽が、彼らの先行きを示すかのように燦々と光を降り注いでいました。
 
 
 山を降りて暫く行くと、鬱蒼と茂った森へ道は続いていました。
 他に道も無いし、山賊なり怪物なりが出てきても、まぁ問題無いだろう(ランサーは『寧ろ出るなら出て来やがれ』)と考えて、士郎とランサーは真っ直ぐ道なりに進んでいきました。
 すると、森の中にて何やら金属音が聞こえます。どうやら剣戟のようです。もしかしたら誰かが襲われているのかもしれない、と士郎は音のする方へ進んでいきます。その後をやる気無さげに付いていくランサー、何かしら音源に心当たりがあるらしくどうにも嫌な顔を浮かべています。
 音を頼りに茂みを掻き分けて行くと、唐突に拓けた場所が現れました。森林の世代交代の合間に自然と出来る、ちょっとした空き地でしょうか。目算して15m四方程の村の集会所ぐらいの面積で、その中央付近に何やら複数の人影が入り乱れています。どうやら手には刀やら槍やら鎖分銅やらを握り締めた『ザ・山賊』と言った風情の方々が、長身の男に食って掛かっているようです。
 「ぉおいコラ、聞いてんのか兄ちゃん、ぁあ!?」
 「いい加減いきがっとったらシバクどぉらぁ!!」
 「ええカッコすんのも相手見てやれやヴぉけ!!」
 「……今一つ君達に言うことには要領を得ないのだが、結局何が言いたいのかね?誰か代表者が簡潔に用件を纏めて喋ってもらえると有り難いのだが。」
 見苦しい風体で聞き苦しい罵倒を浴びせてくる輩に囲まれながらも、泰然とした態度を崩さない男。普通に考えれば、喧嘩を売っているとしか思えません。
 
 「と言うか、喧嘩売ってるよなアレ」
 「だな、相変わらずふざけた野郎だぜ」
 「アレ、明らかに挑発してるんだよな?」
 「いや、アイツの事だから意外に本気なのかも知れねぇぞ?」
 「なんでさ――――と言うかランサー、あいつの事知ってるのか?」
 「ん?あぁ、知らない仲って訳じゃ無いけどな。」
 
 そんなこんなで雑談をしている間にも、男とチンピラたちとの間では沸騰した空気が渦巻いていました。尤も、沸騰しているのは数に任せて憤っているチンピラたちだけで、その中心にて悪意を一身に受け止めている男は、反して冷静さを保っています。
 「ふむ、漸く判った。つまり君達は私が気に入らなくて、金品を差し出して許しを乞わないと私を痛い目に合わす――――とまぁ、そういった事を言っているのかね?」
 「さっきから言っとるやろうがォオラ!!」
 「ワシらを舐めとんのかオドレぁぁぁ!?」
 「ボケかましとったらいてまうどゴラァ?」
 「いや、君達を馬鹿にしている訳ではないのだが……その、何だ。その独特の言い回しが今一つ理解に苦しむ代物でね。最初から判り易く喋って貰えれば、もっと早くに事態が呑み込めたのだが。」
 「あ”あ”っ!?一々ごちゃごちゃうっさいねん!!」
 「判ったんなら出すもん出せやアホンダラァァァ!!」
 「大阪湾にコンクリ詰めにして沈めるどゴラァァ!!」
 「判った判った、静かにしてくれ――――こちらもいい加減疲れたのでな、悪いが……」
 刹那、男の姿が囲みの中から消え失せます。
 「き、きえた!?と言うか逃げた!?」
 「何でや!?あのボケ透明人間か!?」
 「アホか!!そんなモン居るかい!!」
 「……手早く終わらせて貰う。何、心配することは無い。命までどうこうするつもりは無いから安心したまえ。」
 と、彼らの頭上から先程までと同じく小憎らしいまでに冷静な声が聞こえます。チンピラたちが思わず声の方向を見上げると、そこには白と黒の双剣を振りかぶり赤い外套を纏った男が彼らへと襲い掛かる姿がありました。まぁ、チンピラたちに理解出来たのはそこまでで、数瞬の間を置かずして全員仲良く気絶させられてしまうわけですが。
 
 「相変わらず小悪党によく絡まれてんなぁ、アーチャー。」
 一瞬にして数人のチンピラを伸した男――アーチャーと言うらしい――に話し掛けるランサー。声に少々悪意の色が見え隠れしています。
 「ふむ、確かに今日はよく小悪党に絡まれるようだ――一難去ってまた一難といったところか、それで君は何が目的なんだランサー?」
 「誰が小悪党だ、誰が!!俺が、お前みたいな捻くれ者に用なんてある訳ねぇだろ。」
 「その割には随分と前からそこにいたように見受けられるが。人が多勢に囲まれている様を高みの見物とはあまり趣味がよろしくないなランサー。」
 「てめぇ……言わせておけば言いたい放題だなコラ。」
 「何、事実を述べたまでだ。用も無いのに人が絡まれる様を見物していた事には変わりあるまい。異論があるならはっきり言うべきだな、少なくとも私が判断出来る材料では君は良く受け取っても野次馬で……悪く受け取ればハイエナの類だな。」
 「――――その言葉、遺言にしては随分と喧嘩腰じゃねぇか。」
 「何、遺言にするつもりは毛頭無いからな――――そちらこそ、何か言い残したい事があるなら今のうちに言っておけ。」
 「よく吼えたアーチャー――――我が槍の一撃、受けてみるか?」
 「なるほど、気概だけは十分なようだが――――果たして君にそれが出来るかな。」
 
 「二人とも、水を差すようで悪いけどそろそろ止めてくれないか?」
 「んぁ?」
 「むっ?」
 今にも一戦交えようとした二人の中間に、絶妙の機で体を張って割り込む士郎。なかなかどうして、見上げた根性と言えるでしょう。一歩間違えれば確実に複数回殺されること間違い無いのですから。
 「その、あんたらがどんな関係かは知らない――まぁ想像は付く――けどさ、何も果たし合うようなことでも無いだろ?大人気ないぞ、二人とも。」
 確かに少なくとも赤い人は大人気は無いですね、いい年してフィッシュフィッシュ叫んだりしてた事もありましたし。まぁ、今回の彼とは関係の無い事ですが。
 まぁ、何はともあれランサーも我に返ったのか気を削がれたのか、とりあえず構えを解いて落ち着いたようです。尤もアーチャーの方は、士郎を見るなりに何かが気に障ったのか、随分と感情的になっています。
 「何だ貴様は、半人前は下がっていろ。」
 「何だよ。喧嘩を止めるのに半人前も一人前も関係無いだろ?」
 「―――その考えがそもそもの間違いなのだ。仮に我々が貴様の制止を振り切って刃を交わしていれば、今頃首が体から泣き別れしていただろう。或いは邪魔な貴様から片付けに入ったかも知れん――――そういった事態の想定も行わず、ただ『止めたいから止めた』等という感情論では、とてもでは無いが一人前と呼ぶわけには行くまい。」
 「むっ――――」
 士郎は思わず口を噤みます。確かにアーチャーの言う通り、先程の士郎の行動は命知らずもいいところです。
 「ほう、テメェは喧嘩に止めに入った他人を巻き込むってのか。暫く顔を遇わせない内に随分と常識知らずになったもんだな、ん?」
 「ふっ、無論普通ならば他人を巻き込むような事などするわけもあるまい。しかし、頼まれもしないのに諍い事に飛び込んできて事態を掻き回す様な輩を『無関係』だとは、私には到底思えないがね。」
 「へっ、俺なら坊主が割り込もうがどうしようが、テメェだけを伸せる自信はあるがな……まぁ、弓兵にはそんな真似は少々荷が重かったか?」
 「そんな真似が出来ないかと問われれば、やろうと思えば出来るとだけ答えておこう。ただ先程も言ったように、自分から危険な場所に飛び込んでくる愚か者の為に曲げるような安い剣を振るっているつもりは無いがな……それとも、君はいつの間にか博愛主義者に転向でもしたのかね?ならば、『クランの猛犬』も堕ちたものだな――――今の君はさしずめ『クランの愛玩犬』といったところか。」
 アーチャーのあからさまな挑発に、いい加減我慢の限界に達していたランサーから殺気が零れはじめます。
 「――――テメェ、本気で死にたいらしいな?」
 「別に自殺願望があるわけでは無いが?」
 相変わらず不遜な態度で応えるアーチャー、彼もいい根性をしています。単に性格が捩くれ曲がっているだけとも言いますが。互いから溢れ出る殺気で、空には飛び去る鳥が舞い、草叢からは遠ざかる獣の足音が響き渡ります。
 圧力に屈したのか士郎が後ろへ退き、そして――――
 「その心臓――――貰い受ける!」
 「 我が骨子は硬く砕けぬ。
  I am the born of my sword.」
 
 刹那の空白、そして――――
 
  ゲ イ ボ ル グ
 「刺し穿つ 死翔の槍――――!!」
   ロー・アイアス
 「熾天覆う七つの円環――――!!」
 
 ランサーが因果を逆転させる呪いの魔槍を放つと同時に、アーチャーも如何なる飛礫も通さぬ堅牢な大盾を展開します。運命をも逆巻かせて貫く投槍と、如何なる投擲物をも防ぐ大盾――――正に矛盾、故に結果は――――
 
 「――――!? 二人とも大丈夫か!!」
 我に返ったのか、士郎が二人の元へ駆け寄ります。
 槍は盾を貫けず、盾は槍を防ぎきれず―――故に槍は堕ち、盾は消え逝く。
 それは何時か何処かでも在った結末、既に決められた宿命。
 「……何だ、まだ居たのか貴様。」
 「よぉ、坊主。怪我とかしてねぇか?」
 互いに死力を尽くした後にも関わらず、何事も無かったかの様に振舞う二人。
 「しかし、相変わらず腕は鈍っていないようだなランサー……いや、少し磨きが掛かったか?」
 「へっ、それでも結局相殺されてりゃ世話がねぇぜ。しかし――――前回のフェルグス叔父貴の魔剣に今の大盾……本当にテメェ何者だ?」
 「さてな、剣なり盾なりの嗜みもあるただの弓兵――――では、不満か?」
 「――――その、『ただの弓兵』に防がれる様な腕前じゃ、俺もまだまだって事か。」
 嘆息して天を仰ぐランサー、しかしその表情は実に晴々としたものでした。
 「……その分だと大丈夫っぽいな、二人とも。」
 先程までの殺伐とした光景からは想像も付かない、ある意味長閑な風景に胸を撫で下ろす士郎。そんな彼を見て、ランサーが思いも寄らない一言を言い放ちます。
 「ん? そうでもねぇぜ? ある意味深刻だったりするぞ。」
 「えっ!! 何処か怪我でもしたのか!?」
 突然のランサーの言葉に、慌てて荷物から応急手当の道具を取り出す士郎。
 「あ〜、そっちじゃねぇそっちじゃねぇ。」
 「え?」
 そんな士郎の慌て振りとは裏腹に、気楽な調子で負傷を否定するランサー。
 確かに、全身隈なく見渡してみても血の一滴すら流れていません。
 「――――私が投影したモノは盾だぞ? 私が負傷することがあっても、彼は怪我一つ負う事すら有り得まい……そんな事も判らないとはな。」
 やれやれ、と言った感じに肩を竦めるアーチャー。
 「そりゃそうだけどさ……って、それじゃ何が深刻なんだよランサー?」
 まるで想像も付かない、とランサーに問う士郎。
 『何、簡単な事だ。』とランサーは答えを口にします。
 「いや、久々に全力で運動したら腹減った。」
 「……人騒がせな。」
 がっくりとその場に崩れ落ちる士郎――――空には飛び去っていた鳥たちの囀りが再び響き渡っていました。
 
 「……それで、君は何のつもりでこの様な半端者と連れ立っているのだ? いや、君にその手の趣味があったのならばこれ以上の問いは控えるつもりだが。」
 三人で焚き火を囲んでの食事中に、アーチャーが先程の問いを繰り返します……微妙に悪意が篭められているのは、決着を付けられなかった腹いせでしょうか。
 「人を変な趣味持ちみたいに言うんじゃねぇよコピーバカ――――ちょっと目的地が一緒だから付き合ってやってるだけだ、別に他意はねぇよ。」
 燻製肉に齧り付きながらも、質問には律儀に応えるランサー。
 「ほぅ、目的地が同じ……む、この干物は塩が効き過ぎているな……それで、その目的地とは?」
 ブツブツと食材への批評を溢しながら、問いを重ねるアーチャー。ランサーに代わって今度は士郎が応えます。
 「文句があるなら食うなよ……鬼ヶ島だ、悪い鬼達が人々を苦しめてるって言うからな――――出来る事ならその人たちを助けたいなって。」
 「あの程度の実力で、か? 馬鹿は休み休み言うモノだと聞いた事があるが、本当の馬鹿者は休む間も無く戯言を垂れ流すようだな。」
 「なんだよ、悪いって言うのか?」
 「いやなに、貴様が死のうが生きようが私にとってはどうでもいい事ではあるがな。ただ、貴様の勝手な行動の結果として事態が好転するとも限るまい。」
 「……何が言いたいんだ?」
 「ふむ、貴様の血の巡りが悪い頭でも判り易い様に説明してやるとだな……
  
  ・今の実力では鬼達を懲らしめることなど、まず不可能。
   ↓
  ・結果、貴様はコテンパンに負ける。元より勝てる見込みなど無い。
   ↓
  ・つまり、貴様は死ぬ――――しかし、鬼達の気がそれで治まるとは限らない。
   ↓
  ・貴様という人間の反抗に怒り狂い、人々への圧制をより強める。
   ↓
  ・結局、人々にとって苦しみが増すだけで、良い事など一つも無い。
  
  ……とまぁ、こういった事態も考えられる――――と言うより、貴様の現時点での実力から鑑みれば妥当な結末だと言えるだろうよ。」
 まず的確だろうアーチャーの論理に、士郎は黙り込んでしまいます。何と言うか、士郎にとってアーチャーは妙に相性の悪い相手のようです……そんな士郎の様子を見かねたのか、ランサーが代わりに反論します。
 「ちょっと待てアーチャー、その話だと俺が勘定に入ってねぇんじゃねぇのか? ま、確かに坊主一人ならそうなるかも知れねぇがな。」
 「なるほど、君が力を貸すならば少々は勝算も高くなるだろう――――しかし、だ。鬼は一匹ではない。君一人で全ての鬼を相手取るのは流石に厳しかろう?」
 「だから、だ。俺と坊主の二人ならばどうにかなるだろって言ってんだよ――――テメェ、耳でも腐ってんのか?」
 アーチャーが溜息をつきながらランサーへ反駁します。
 「……ふぅ、君は本気でこやつが戦力になると考えているのか?」
 「ま、今のままじゃ確かに何の援けにもならねぇがな――――だがそれでも……少なくとも文句を垂れ流すだけのテメェよりは役に立つだろうよ。」
 「む――――!?」
 ――――どうやら、こちらはこちらで随分と仲が悪いようです。
 
 「……でもさ、一つ聞いてもいいかアーチャー。」
 黙りこんでいた士郎が、再び口を開きます。
 「何だ、くだらない質問なら断らせてもらうが。」
 「だから、何でそんなに喧嘩腰なんだよ……仮に俺が鬼達に無力だとしても、俺の行動が無意味だとしても。」
 一拍呼吸を置いて、士郎は続けます。己の覚悟を、己の意思を。
 「――――人々を苦しめる鬼を懲らしめて、虐げられている人々を助ける。それ自体は間違いじゃないだろ? ……勿論、俺だけじゃ力不足なのかもしれないけどさ、ランサーやアンタみたいな人と協力すれば、それを実現できるかもしれない。救える可能性があるのに、自分が無力だから何もしないのは間違ってる。自分が無力なら、力を身に付けたり、力を借りればいい――――違うか?」
 そう、足りなければ他から持ってくれば良いだけ。
 「――――――。 だが、鬼達にも何らかの理由があるやも知れん。虐げるものにも虐げられるものにも、互いに何らかの正義は存在するだろう。一方を助けるということは、一方を見捨てるということ。仮に『鬼達にこそ道理があった場合』、貴様はどうするつもりなのだ?」
 「そんなのは実際に行って見なけりゃ判らないし、どんな理由があれども他人を犠牲にするのは良くないことだろ? 仮に鬼達がどれだけ正しかったとしても、誰かを犠牲にする正しさは何かが欠けているんだと思う――――それなら、それは正さなきゃいけない。」
 何故なら、誰もが幸せに過ごせる事こそが絶対の真実、至高の平和なのだから。
 「――――お前は、そんな都合の良い代物――誰も犠牲にせず全てを救える、正義――そんな夢物語を本気で信じているつもりか?」
 アーチャーの声色が僅かに変わります。何かを試しているかのように、何かを確認しているかのように……何かを信じているかのように。
 「……少なくとも、今までは見つからなかった。これからも見つからないかもしれない。そもそも、そんなものは存在しないのかもしれない……或いは、存在しても人の手には届かない理想に過ぎないのかもしれない。」
 だけど、と士郎は続けます。
 「その理想――正義の味方――が正しくて、綺麗なものだと感じた事。そして、それを目指す事だけは決して間違いなんかじゃない……俺はそう思ってる。」
 その先に何も無くとも。その果てに意味が無くとも。
 それこそが士郎の心を占める信念――――例え、それが伽藍を埋める為に詰め込んだ借り物の思いでも、何を以って伽藍を埋めるかを選んだこと自体は己の裡から出でし、正真正銘の真作。
 「――――――――――そうか。」
 アーチャーの表情から、憑き物が落ちたかの様に険しさが消えてゆきます。
 「お前は、答えを得ていたのだな――――衛宮士郎。」
 
 不思議な静寂が三人の間を包みました。
 何かを得心したかのように、悟った表情を浮かべるアーチャー。
 己の心の裡全てを吐露して、澄み切った表情を湛える衛宮士郎
 今一つ、場の雰囲気に付いて行けずに呆然としているランサー。
 いい加減沈黙が我慢できなかったのか、暫くの間をおいてランサーが話を繰り出します。
 「それで、だ。アーチャー……お前、ついでだから付いて来ねぇか?」
 「鬼ヶ島へか? ――――難しい話だな。君も私もあの場所には相性が悪いだろう。」
 「まぁ、それはそうだが。だからと言ってこの坊主をほったらかしにするのも後味が悪いだろうが。袖振り合うも何とやら、だ。」
 「……別に、半人前がどうなろうと私の知ったことではないのだがな。」
 相変わらずの皮肉気な返し文句を呟いてはいますが、アーチャーの表情から先程までの険しさはありません。
 「しかし……そうだな。流石にアレも少々やり過ぎの様に思える。少々灸を据える意味も込めて、君達に付き合うのも吝かでは無いかもしれないな。」
 つまりは、付いて行くと。アーチャーは遠回しながらそう答えました。
 「そうか、それなら話は早いな! と、言うわけでだ坊主。こいつも連れて行くけど文句は無ぇよな?」
 「勿論。何であれ、協力して貰えるなら文句なんて無い。」
 士郎も快諾します。ちょっと気が合わない相手ではありますが、味方となれば頼もしい事には違いありません。
 と、ここでアーチャーが士郎へと向き直り、真剣な顔で言葉を紡ぎます。
 「衛宮士郎――――今の貴様では鬼達を懲らしめるにしろ救うにしろ、どうしようも無く力不足だ。」
 「……確かにそうだけど。というか、さっきから何度も同じ事を言うなよ。」
 「ふっ、貴様の様な己を省みない愚か者には、幾度繰り返しても足りんわ。」
 『馬鹿を馬鹿と言って何が悪い』と言わんばかりに開き直った態度をとるアーチャーですが、憤慨した士郎が言葉を返そうとしているのを視線で制して話を続けます。
 「時に衛宮士郎――――貴様、魔術の心得があるようだが……何が出来るか言ってみろ。」
 「えっ? えっと、強化に投影ぐらいかな……?」
 「ふむ……属性は?」
 「あ〜、『剣』らしいけど。」
 「ワガコトナガラそれは珍しいな。では、魔術回路はどれ程に備えている?」
 「27、尤も親父曰く『魔術師としては特異な体質』だそうだけど――――って、さっきから何のつもりだよアーチャー?」
 矢継ぎ早に繰り出される質問に答えながら、疑問を口にする士郎。それに対して、何事かを呟きながら己の裡に篭っているようです。
 「魔術回路数には問題無い……強化だけでは無く投影も己の魔術だと認識……なるほどな。随分と半人前にしては努力していたようだな。」
 「……だから何が言いたいのかって聞いてるだろ?」
 「いやなに、お前達に同行するに当たって一つ条件を出そうと思ってな。」
 「条件?」
 不思議そうな表情を浮かべる士郎と、不敵そうな面構えで構えるアーチャー。
 そんな二人の様子を見て、からかい気味にランサーが口を挟みます。
 「おいおい、何が言いたいんだアーチャー? 何処ぞの嬢ちゃんの如く、莫大な貸しでも押し付けようって魂胆か?」
 「アレと一緒にするな、アレと! 大体、そんな高利貸し紛いな真似をする人間が世の中に何人も居てたまるか……まぁ、似たような輩ならもう一人ぐらい居そうな気がするが……って、そうじゃなくてだな! 私はただ、そこの半人前を『せめて一人前紛い程度には使える』ように鍛えさせてもらう、と言いたいだけだ。」
 一人前にすると言わない辺りに、微妙な悪意と言うか諦めと言うか様々な感情が込められているっぽい叫びを挙げるアーチャー。つまるところ、士郎を鍛えてやるのが条件だということらしいです。
 「お前が? 俺を? 鍛える?」
 「そういう事だ――――幸いにも私は剣の投影にはそれなりに自信がある。無論、その取り扱いにも一日の長があるだろう。貴様が鬼ヶ島へ行って何をするにせよ、力不足で足手纏いになってもらっては付き合う身として心許無いからな。せめて、己の信念が貫き通せる程度には鍛えなおしてやらんと、正直付き合い切れん。」
 「なるほどな、テメェの剣なり盾なりは坊主の様に投影してたって訳か。」
 「さて、それはどうかな? 私の技術と衛宮士郎の魔術が同じものとは限らないぞ。もしかすれば、何処かから取り出して要るのかも知れないし、はたまたその場で作り出しているのかも知れない。盗んできた可能性も無きにしも非ず、だ。」
 「へっ、何を抜かす贋作者。さっき自分で思いっきり『剣の投影』と言い切ってるだろうが。寝言は寝てから言うものと相場は決まっていることも知らんのかお前は?」
 「む――――――。」
 しまった、と言う表情を浮かべるアーチャー。してやったりとニヤつくランサー。
 「……ま、まぁ兎も角だ衛宮士郎!」
 「あ、うん。要するにアーチャーが俺の魔術を鍛えてくれるって事が同行する条件――――でいいんだよな?」
 「そうだ……不服か?」
 「とんでもない。俺の魔術はまだまだだからな、指導して貰えるならそれに越した事は無い。俺の方からも頼む。」
 と、深く頭を下げる士郎。その姿を見て何か複雑そうな表情をするアーチャー。
 「どうしたアーチャー。 顔色が妙だぞ?」
 「いや……何と言うか、人生色々だ。」
 
 木霊する鳥達の囀りは益々活気を帯び、木漏れ日が柔らかく辺りを照らす森の片隅にて。
 ここに一組、有り得ざる師弟が誕生する。それが何を意味するのかは未だ誰も判らない。
 ……例え、それが全知たるラプラスの魔であろうとも。

後書き

 と言うわけで、犬のランサーに猿のアーチャーの登場の巻。
 ……いや、犬を青い人にするなら犬猿の仲の赤い人を登場させるしか無いとか思ったので、ついカッとなって書いた。今は反省しているつもりかもしれない。と言うか、コピーバカは敵役にした方が良かった様な気がする、今更だが。
 今更と言えば、素直に赤鬼・青鬼・金鬼・麻婆鬼 VS 士郎・あくま・日陰者・食っちゃ寝の構図の方がすっきりしてたかもしれない(その場合、お婆さん役は虎)……いや、前回のコメント欄の『赤鬼さんが出てくるのは分かってるんだ。青鬼じゃなくて実は黒鬼だな?』(by 道端の猫Gさん)を読んでいて『その手があったかぁぁぁぁぁぁ!!』と気づいた時には既にランサー登場部分が書き上がっていた訳で。まぁ、アングラーが慢心王とかインチキ神父と共存するのも変な話だが――――そこはマスターがうっかり売り飛ばしたとか説明付けられるか……便利だなぁ『致命的なポカをやらかす遠坂の遺伝』。
 しかし、何故にここまでに長々とした文章しか書けないかね俺は。まぁUBWでのあそこまで張り合ったレッドの兄ちゃんを無理矢理にお供にするわけだから、自然と文章が長くなるのかもしれないが……それにしても、第一話のほぼ倍ってのはやり過ぎたかもしれない。
 さて、次回は……どうしてくれようか。

追記

 ほったらかしにしていたら、以前書いていた第03話どっかやってた……orz
 基本プロットは頭の中におぼろげながら残っているけれども、はてさてどないするべきか。